SCENE35: 思い出ホテルで昼餐を。
DELHI SEPTEMBER 12, 2005/ DAY 14

移動中、夫の携帯に電話が入り、午後のミーティングがキャンセルに。
とあらば、グルガオンに行く必要はない。
「急にキャンセルだなんて」と夫は少々憤慨気味。

その方とは縁がなかったということで、午後は気分を切り替えて遊びましょう。

その前に、ランチを。と、彼方に見えるは見覚えのあるホテル。
2001年7月、わたしたちが結婚披露宴をしたホテルであり、
日本の両親と妹夫婦が宿泊したホテルである。

あそこでランチにしよう。

日本勢は、このホテルの朝食ブッフェを大いに気に入り、
朝からたいそう、あれやこれやと食べていたものだ。

母や妹は、パンケーキやワッフルを焼いてもらうのが楽しみで、
父は「ナンはないね? ナンは?」といいながら、ひたすら好物のナン関係を食べていた。
いや、朝食に、ナンはなかったか。

しかし、父がなにかとナンナン言っていた声が、今でも耳に鮮やかで。

「こりゃうまい! やっぱり小麦粉が違うね」

「小麦粉が違う!」も、インド滞在時、父の常套句と化していた。

あれは初めてマルハン家を訪れた日のディナーの席。

ケータリングの兄さんたちが、バルコニーに釜を用意して焼く、
タンドーリ・チキンやケバブのそのおいしさに、
日本勢は食欲が全開で、あれこれ頬張り、
こと父に関しては、それはどう見ても、末期癌が一時的に癒えていた人の様子ではなかった。

チキンを、ナンを、咀嚼しながら、父の命は、ほとばしっていた。

「ミホ。これは前菜だから、お腹いっぱいにならないように、家族の人にお伝えして」
と、スジャータが心配して耳打ちするほどで、思い出すだに泣き笑いの、懐かしい光景。

父は本当に、よく食べる人だった。


これが思い出ホテル。

「ミホ、何にする?」

「トマトスープとヴェジタブル・バーガー、シェアしない?」

「僕も今、同じことを考えていたんだよ!」

わたしたちは、食の相性が抜群の、ラヴラヴな夫婦である。っていうか、10年近くも似たようなものを食べていると、おのずと食べたいもののサイクルも一致してくるものなんでしょうか。膨大なメニューからでも、たいてい似たようなものを選んでばかりだからな。

我々は、些細なことで口論すること山の如しだが、こと食に関しては、意見が合わぬことは殆どなく、つまりは「食嗜好の共通性」が夫婦間の「かすがい」であると言って、過言ではないだろう。

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