最新の片隅は下の方に

NOVEMBER 1, 2005  カーメル・バイ・ザ・シーで友と会う。不易流行……

今日、ロサンゼルスに住む、ニューヨーク時代の友人に会った。彼女とは、1年半前に、わたしがロサンゼルスへ来た折、会って以来だ。「どこか中間地点の海辺で会おうか」なんてことを言ったりもしたけれど、実際それも面白そうだったけれど、引っ越し前で忙しいだろうからと、わたしの方にぐっと近い、モントレー半島のカーメルまで、彼女が来てくれることになった。

午後2時。彼女は早朝6時出発で、海を望むルート1をドライヴしながら、途中、渋滞に巻き込まれたりもしながら、6時間ほどもかけて来てくれた。なにしろ彼女は「単身でぶっ通し米国大陸横断ドライブ」を2回もやった驚異的な強者だから、悪いとは思ったけれど、心配はしていなかった。

互いの近況報告……仕事のこと、男友達のこと(彼女の)、互いに40歳を迎えての思うところ(主には自らの急激な老けっぷりに対する「こんなはずじゃなかった」という驚愕する点について)、ニューヨーク時代のこと、共通の友人の消息などを、とりとめもなく語り合う。

そしてしばし、インターネットやブログの話なども。コンピュータに詳しい彼女は、もうずいぶん昔からホームページを持っていて、コンピュータやインターネットやらに関する知識が本当に豊富で、わたしはどれほど彼女に助けられたかわからない。

1997年。ミューズ・パブリッシングを設立し、自分の就労ヴィザを取得するにあたり、「実際に会社が機能している」という証拠を見せねばならなかった。それまではもっぱらワープロしか使ったことのなかったわたしが、付け刃でコンピュータについて調べ、無闇に高く感じたアップルのコンピュータを買い、クオークエクスプレスというデザインソフトや、フォトショップ、イラストレータなどのソフトを得、一夜漬け感覚で使い方を学び、今見ればたいそう稚拙ではあるけれど、それでもまさに一心不乱で、会社案内や、その後『muse new york』に連なる印刷物のダミーを作り、それらをヴィザ申請の資料の一部として提出したのだった。

恒常的に動悸がするような日々の中、コンピュータのトラブルは続出し、その都度、彼女に助けてもらった。変な具合になってしまったコンピュータを前に、時間がない、どうしよう、途方に暮れるわたしの前で、彼女はいろんなところをテキパキとクリックして、色々なところにちょこちょこと手を入れて、すいすいと問題を解決してくれた。

わたしはといえば、「夕飯、チャイニーズとイタリアン、どっちがいい?」などと、出前メニューを開いて彼女に尋ねたりしつつ、彼女の背後からスクリーンを見守るばかり。そういうことが、何度となくあった。

1998年1月。ミューズ・パブリッシングでの仕事を始めた当初、その営業資料を、わたしはひたすらに作っていた。米国内向け、そして日本向け。そのころ、またしてもコンピュータがおかしくなった。またしても彼女に来てもらい、一段落した帰り際。大きな紙袋にいっぱいに入れて郵便局に持っていくばかりとなった、日本宛営業メールの、封筒の山を見た彼女が言った。

「これ、全部から仕事の依頼が来たら、すごいよね!」

そんなことはあり得ないと、当然わかってはいたけれど(実際に、殆ど来なかったけれど)、その言葉に笑い、張りつめていた気分が少し緩んだことを思い出す。

次々と現れる新しいこと、人とのコミュニケーションのことなど、思うところを語るうちにも日が翳ってきて、あっというまに夕暮れ。別れ際、彼女のカメラのセルフタイマーで記念写真を。

暗闇のなか、家路を急ぎながら、「不易流行」という言葉が脳裏に浮かぶ。今のわたしの身の回りを、この言葉に照らして考えたとき、いったいどういう事柄が、浮かび上がってくるだろうと考えたけれど、なんだかよくわからなくなった。

 

NOVEMBER 2, 2005  シリコンヴァレーの中でインド

インド行きを目前にして、電源のソケットや、変圧器などを買いにBEST BUY という大型の家電ショップへ行った。立ち話をしている男性スタッフが二人。インド人。彼らに聞けば話が早いだろうと尋ねれば、「へえ! インドに行くの?」「ハズバンドはなんの仕事してるの?」「どれぐらい行くの?」と、逆に根掘り葉掘り尋ねられる。挙げ句「この近くにインド人が経営している電器店があるから、そこに行くといいよ」とこっそり耳打ちされた。

その電器店の近くには、インドのスーパーマーケットや雑貨店、レストランなどが軒を連ねていて、ここは本当にインドに近い。目的のものを入手でき、さあ、あとは荷造りの締めくくり。

 

NOVEMBER 3, 2005  来週の木曜日はもう。

近所のレストランで夕食。ライヴを聞きながら、踊る人たちを眺めながら。赤ワインを飲み、前菜にムール貝のスチーム、そしてキノコのペンネと骨付きラム肉のグリルをシェアする。いつもよりも時間をかけて、ゆっくりと味わう。ここに集うカップルはみな、音楽のせいか「密着」して、愛を迸らせている。平たく言えば、べたべたしている。歌が終わり、シンガーが、テーブルを一つ一つ巡りながら挨拶。

「素敵な歌、とても楽しませていただきました。ありがとう!」
「毎週木曜日にはここで歌っているから、また来週もいらしてね」
……来週の木曜日はもう、ここからは遠い空のした。

NOVEMBER 4, 2005  しあわせもの

今日は引っ越しの業者が来た。段ボール箱を運び出してくれた。がらんとした部屋を見回して、「ああ。また、何もなくなった」と、夫はひとりセンチメンタルに浸り、一方、「ぼくは、いったい何がここから失われたのかわからない。スーツケースと家具さえあれば、暮らしていけるんだよね」と。確かにそれには同感だけれど。毎度、荷造りは妻に任せっぱなしで、あなたは自分の机まわりの2箱しか詰めていないから、余計に何が失われたのか、わからないでしょうね。

このごろは日暮れも早く寒く、心にまで冷風がしみ込んで来、引っ越しが理由なのか、気候が理由なのか、センチメンタルの所在を持て余した夕暮れの二人。しかし妻の本能的な衝動が叫ぶ。「今夜は、寿司! 寿司を食べに行くよ! インドじゃなかなか食べられないからね! 食べだめ、食べだめ!」

寿司がおいしいと噂の、隣町マウンテンヴューにある「寿司豊味(とみ)」へ。いつもは歩いて数分の「和食安藤」に行くばかりで、今まで行きそびれていたのだ。込み合ってはいたものの、しばらく待って、広い席に通してもらった。ハマチ、カンパチ、トロ、サーモン。甘エビ、しめ鯖、アジ、ヒラメ。え〜っウニは売り切れ? そりゃ残念。アンキモ、鶏皮、茶わん蒸し、海鮮サラダに追加のアナゴ。

「甘エビは、頭のフライもつけてね!」 夫はリクエストを忘れない。

日本酒を飲み、彼は徐々に饒舌。酒に強くないから、すぐに酔っぱらう。くだらないジョークを話しながら、ひとりで受ける。妻は黙々と食べる。味覚に集中させてくれ。ああ、おいしい。トロ、もう一つ食べたい。でも、もう満腹だ。

お茶をのみ、会計をすませ、外に出れば、ぶるると震え上がる冷たい風。急ぎ足で駐車場へ行き、車に乗り込む。
「この車とも、明日でお別れ。ぼくの下手な運転に、よくつきあってくれた車。なんだか寂しくなるなあ……」
「来週はもう、発展途上国だよ! あ〜もう、インドは汚いからなあ!」

酔っ払いは助手席で、好き勝手を語る。突き刺さるみたいに澄んだ夜空。なんだかんだと言いながら、彼はほんとうに、しあわせもの。

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