ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー

Vol. 25 1/14/2001

 


早くも1月中旬。昨日からワシントンDCに来ています。次号のmuse new yorkは、DCで春に行われる桜祭りを取り上げると同時に、DCの観光ポイントなども紹介するので、明日から1週間、こちらで取材をする予定です。

さて、2001年を迎えるにあたり、ひとつ決めたことがあります。それは、「これはいいな!」と思ったことは、どんなことであれ、仕事を言い訳にせず、時間を作って積極的にそれを行う、ということです。

エンターテインメントを見に行くこと、フィットネスクラブに通うこと、会いたい人に会うこと、食べたいものを食べに行くことなどなど。もっともっと時間を有意義に使って、人生を楽しみたいと思うのです。そのためには、仕事も盛りだくさん、やらなければならないのですが。

さて、アッパーウエストサイドとミッドタウンの間に位置するわがアパート(60丁目西)からは、徒歩15分圏内に、さまざまなエンターテインメント・プレイスがあります。オペラやバレエ、クラシック音楽が楽しめる一大施設「リンカーンセンター」をはじめ、日本人にもおなじみの「カーネギーホール」、そして数々のミュージカルの劇場が点在する「ブロードウェイ」……。映画館もたくさんあります。

そんな恵まれた環境にあるにもかかわらず、映画館は別として、昨年は数えるほどしか劇場に足を運ぶ機会がありませんでした。ニューヨークに来た当初は、気軽に、しかも手頃な料金で、音楽や演劇が楽しめるのがうれしくて頻繁に出かけたものです。しかし最近では「あ、これはおもしろそうだ!」というものを見つけても、「時間に余裕があるときにしよう」などと思い、いつのまにか忘れてしまうことがたびたびでした。

毎年、年末に上演されるクラシックバレエの「クルミ割り人形」にしても、いつも「今年は行こう」と思うまま、すでに5年にわたってチャンスを逃しています。「ビッグアップル・サーカス」は、なんとか今年、見に行きましたけれど。

そういうわけで、今日は、年頭に出かけたエンターテインメントについてを、ご紹介します。

 

●ジュリエット・ビノシュのことなど

以前から見たいと思っていたミュージカルが2月で終演するのを知り、何度かチケットを取ろうと予約センターへ電話をしていたのだが、なかなかとれずにいた。そして先週の水曜日。電話をすると、一番前の席が一つだけあいているという。さっそくその夜、出かけることにした。

ミュージカルのタイトルは「BETRAYAL」。訳すると「裏切り」「背信」。夫の親友と恋に落ちた女性の、三角関係の恋物語を描いたストーリーだ。上演期間が短く、知名度もあまり高くなく、雑誌などの評もあまり芳しくないのだが、それでも見に行きたかった理由は、主演女優をどうしても見たかったからだ。

フランス人女優のジュリエット・ビノシュ。30代半ばの女優だ。日本でも彼女が主演の映画は何本も上演されている。「存在の耐えられない軽さ」「ポンヌフの恋人」「トリコロール/青の愛」「ダメージ」「イングリッシュ・ペイシェント」など。

私は、ハリウッド映画よりもヨーロッパやアジアの映画の方が好きで、日本にいたころも、主にはそれらの映画を好んで見に出かけていた。日比谷のシネシャンテでは、その系統の映画がしばしば上映されていて、時間を作っては足を運んだ。パリが大好きなイラストレーターの友人がいて、ストーリーや俳優たちの話で盛り上がったものである。

周囲の人々からは「竹を割ったような」あるいは「あらくれ」といった形容を付けられる私の性格であるが、自分自身を顧みるに、非常に「ロマンティックなシチュエーション」や「ドラマティックな展開」が好きなタイプだ。一般的日本人の感覚からすると、「うわ、クサい」と思われるようなことも、平気でやってしまう。そのあたりの感覚は、子供のころから欧米人だ。それが自分に似合おうが似合うまいが、基本的にはお構いなしである。

人生とは、ロマンティックでありドラマティックでなければつまらない、とさえ思っている節がある。波瀾万丈だからこその人生。だから、映画も、胸がキューッと締め付けられるような愛だの恋だのの「ドラマもの」が好き。グッと泣けてくるのも好き。パリ好きの友人もやはりその手の性格だった。二人して洒落たイタリアンやフレンチのレストランに好んで出かけては、恋や愛や旅の話しで盛り上がったものだ。

さて、水曜日である。ミュージカルの開演は8時なので、その前に軽く食事でもしようと早めに家を出る。最近はブロードウェイのエンターテインメントが集中する「タイムズ・スクエア」周辺は、次々に新しい見どころなどが誕生して、ちょっと見ないうちにも様変わりしている。マダム・タッソー蝋人形館やサンリオのキティちゃんの専門店もオープンしていた。

タイムズ・スクエア周辺にはあまり気の利いたレストランはないのだが、ふと脇道に入ったところに、こぢんまりとしたフレンチ・ビストロを見つけたので入った。今日はフランスの気分で行こうと決めて。一人だとなかなかいい席に通してもらえないことが多いのだが、あまり込んでいなかったせいか、広いテーブルに案内してもらったことがうれしかった。

スパークリングワイン(一般にシャンパーンのことであるが、シャンパーンとはフランスのシャンパーニュ地方で作られている物だけを指す呼称なので、他の場所で作られたものはこう呼ばねばならないらしい)をグラスで頼み、シーザーサラダとムール貝のワイン蒸しを頼む。どちらも前菜だが、高級店ではないので、このようなオーダーをしても差し支えはない。

穏やかな物腰の初老のギャルソン(給仕)の、「Bon Appetit!」(どうぞ召し上がれ!)という一言が、ヨーロッパ旅情をかきたてる。

リーズナブルで、しかも思ったよりおいしい食事ですっかり幸せな気持ち。最後はエスプレッソで締めくくりたかったが、開演時間が迫っていたので劇場に向かう。

一つだけ空いていた、その一番前の席。見るのに首が痛くなるほど舞台に迫っていたが、俳優たちをすぐそばで見られるのは何ともいいものだ。

ジュリエット・ビノシュは、決して美人ではないのだが、仕草や表情の変化がとても美しく、深みのある印象を与える女性である。煙草の吸い方、グラスの持ち方、そんな一つ一つに独特のニュアンスがあるのだ。特に、彼女が「怒りと悲しみ」を同時に表現したときの表情が美しい。口を固く結び、悲哀を帯びた目つきをする。私が「怒りと悲しみ」を同時に表現すると、鼻の穴がプーッとふくらんで、見るも無惨な顔になってしまうのだが。

舞台装置はシンプルながら美しく、光の微妙な加減で彼女が引き立つ、絵画的なライティングだった。しかし、ミュージカルのストーリーそのものは、正直なところいまひとつだった。彼女の夫と愛人どちらもアメリカ人俳優で、翳りがなさ過ぎた。会話の端々に「コミカルな要素」を織り込んであるものだから、不倫の話なのに、観客が笑うシーンが多すぎる。

アメリカ人と日本人は、笑いの観点が違うから、全然おかしくないところで、だれかが高笑いするのを聞くと、すっかり白けてしまう。ジュリエット・ビノシュのフランスなまりの英語が、本来なら、味わい深く感じられるものが、滑稽にさえ聞こえてしまう。

しかしながら、彼女の姿を間近で見られたことで、私はとても満足だった。

私が彼女を初めて見たのは、「存在の耐えられない軽さ」だった。「存在の耐えられない軽さ」は、チェコ出身の作家ミラン・クンデラの同名の小説に基づいて作られた映画である。そもそも、チェコスロバキア(現チェコ)という国に興味があった私は、「プラハの春」とその凋落の時代を背景に描いた恋愛小説に興味を持ち、そして映画を見た次第。この映画のヒロインがジュリエット・ビノシュだった。

チェコ、もしくは「プラハの春」について興味のある方は、春江一也著『プラハの春』上下巻をおすすめする。日本国大使館員としてチェコスロバキアに暮らしていた彼が、1960年代後半のプラハを、恋愛を通して描いたフィクションだが、当時の政治的背景が手に取るように伝わる、緊張感に満ちた作品だ。

私がそもそもプラハに興味を持ったのは、中学生のとき、スメタナの連作交響曲「わが祖国」の第二楽章「ヴルタヴァ(モルダウ)」を聴いたのがきっかけだった。その旋律に心を引かれ、レコードを買い、そのレコードジャケットにあったヴルタヴァ川が横たわるプラハの光景に心を奪われた。8年前、実際にプラハを訪れたが、想像を裏切らない、濃密な美しさと魅力を秘めた街だった。

ところで、今、アメリカではジュリエット・ビノシュ主演の『ショコラティエ』(チョコレート)という映画が上映されている。日本でも知られているジョニー・ディップが相手役。今夜はその映画を見に行く予定だ。

 

●小澤征爾によるマーラーを聴きにカーネギーホールへ

木曜日の夜は、カーネギーホールに出かけた。この日一日だけ行われた、小澤征爾指揮による斉藤記念オーケストラの公演が行われたのだ。マーラーの交響曲第九番。デザイナーのE女史が、夫と行く予定だったのを、夫が出張に出かけてしまったため、私を誘ってくれたのだ。

小澤さんは現在、ボストン交響楽団の音楽監督を務めているが、2002年からは、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任する。「世界のオザワ」はもちろんアメリカ人の間でも有名だが、それでも開演前のカーネギーホールの前は、日本人でいっぱいだった。小澤さんのポスターを前にして、パチパチと記念撮影をする人もいて、あたりは賑わっていた。

私自身は、マーラーの曲に余り親しみがなく、持っているCDも、旋律の堅さが苦手で、じっくりと聴いたことがなかった。しかしながら、この日の第九番の演奏は、四楽章、いずれもすばらしいものだった。クラシックコンサートとなると、必ず退屈になって「眠りに落ちる時間」があるのだが、インターミッション(休憩)なしで、四楽章を通して演奏されたにも関わらず、このコンサートには引き込まれた。

小澤さんの後ろ姿は、小柄でとても細く、しかし頭がとても大きくて、敏捷な動きのカマキリのようであった。

最後に演奏された「アダージョ」は、その流れるような、厚みのある弦楽器の旋律がすばらしく、鳥肌が立つようであった。最後は、息が詰まるほどに小さな音に絞り込まれたピアニシモ。ホール全体が張りつめた静寂に包まれて、私はお腹の音が鳴りそうで、気が気ではなかった。

CDなどでは伝わらない、生の迫力を実感し、E女史も私も感激しながらカーネギーホールをあとにした。

そのまま軽くワインでも、という気分だったが、おなかも空いていたし、二人して近所の日本食レストランに入り、アサヒスーパードライで乾杯し、博多とんこつラーメンを食べて解散した。

外はマイナス3、4度と寒かったけれど、ラーメンでほどよく温まって、気分も軽やか。足早に家路を急いだ。今度、小澤さんのCDを買おうと考えながら。

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今年はできるだけ、時間の都合をつけて、違う空気に触れようと考えています。その分、コンピュータに向かう時間が減るわけで、メールマガジンの頻度が落ちるかもしれませんが、無理のない程度に続けていこうと思っています。

ところで、以前も何度かお伝えしましたが、一部の読者の方に、改めてお願いが一つあります。皆さまからのメールは、たいへんうれしくお読みしていますが、中には、必ず返事を要求するような内容のメールを受け取ります。起業に関するアドバイスや、ニューヨーク情報などについてです。インターネットが一般に普及するようになって以来、そのような情報を無料で提供している方は、大勢いらっしゃるようですが、私自身は、メールマガジンは別として、ビジネス以外で、個別に情報提供をする余裕はありません。

情報を提供するには、然るべき労力を要するわけで、見知らぬ方のために、個別にそれを行う必要性も感じていません。ただ、メールマガジンに取り上げて欲しいテーマを提案していただいたものについては、参考にさせていただいています。今回も、映画やミュージカルについて知りたいという方が何名かいらっしゃったので、私自身の体験を断片的に記してみました。

ニューヨークの情報を入手されたい方は、いろいろなサイトで情報交換などをやっていますから、サーチエンジンなどで検索することをおすすめします。


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