6/1/2000 MITの同窓会(序章)

 今、ボストンに向かう列車の中にいる。この週末、A男の卒業校であるMIT(マサチューセッツ工科大学)の同窓会に参加するためだ。なんでまた、ボーイフレンドの同窓会にわざわざ参加するのか、と思われるかもしれない。私もはじめはそう思っていた。しかし、彼にプログラムを見せられて行ってみる気になったのだ。

 MITの卒業生は、5年ごとに丸1週間かけて大規模な同窓会を行う。全卒業生が一度に参加するのではなく、5分の1ずつの卒業生が集まるのである。つまり、今年は2000年なので、95年度、90年度、85年度、80年度……卒業生の同窓会が対象である。卒業後50年を迎えた1950年の卒業生は、皆、えんじ色のブレザーを着て参加する。

 1週間の間、パーティーやレクチャー、スポーツイベントに観光ツアー、交響楽団の演奏会などさまざまなプログラムが組まれている。卒業生たちは、好みのプログラムに、家族やパートナーと共に参加し、旧友や同窓たちと交流を図るのだ。

 先々週のMBAの卒業式以来、A男の家族はボストンに滞在していた。彼の姉婿は、インドで遺伝子の研究をしている科学者なのだが、彼がたまたまMITに研究のために招待されていることもあり、A男の父と姉もボストンのB&B(Bed & Breakfast)に長期滞在しているのだ。

 話はそれるが、A男の姉夫婦は二人そろって遺伝子関係の研究をしている。特に夫の方は本国インドのみならず、アメリカにおいても研究の成果が高く評価され、さまざまな賞を受賞しているらしいのだが、彼を見る限りにおいては、どうにもその事実がピンとこない。気取りがなく、穏やかで、感情の起伏がなく、いつも淡々としている。多額の賞金をもらって金銭的余裕はあるはずなのに、服装は激しいほどに無頓着。ひょろりと痩せており「栄養不良の貧乏学生」といった風情である。姉さん(といっても私の妹よりも年下なのだが)の方も小柄で細く、これまたファッションに気遣うことなく、なんとも質素である。

 彼らが以前、うちに泊まりに来たときのことだ。姉婿が私に、「ミホ、冷凍室に入れておいてほしいんだけど」といいながら、スーパーのビニール袋に入った何かを手渡したので、中身を確かめずに入れて置いた。

 数日後、彼らが帰る段になって、姉婿は冷凍庫の例のものを取り出した。かさかさと袋を開け、中の物を取り出す。いくつかのシャーレ(検査・実験などのため、微生物の培養に用いる、ふたのついた丸く浅いガラス皿)が出てきた。そのシャーレの一つを彼は窓の光に透かして見ながら私を呼び寄せた。

「ミホ、見てごらん。きれいでしょ。これは**のバクテリアでね……」と説明が始まった。

 食べ物の入っている冷凍室に、なにやら怪しげなバクテリアも同居していたとは。ま。凍結しているんだし、心配はないだろうけれど……。なんとも無邪気な研究者である。

 A男とその父、そしてこの姉夫婦とこの週末は過ごすことになるのだ。どうなることやら。


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