バスの中の風景
2/27/2000

 白地にブルーのストライプ。マンハッタンを走るバスの車体だ。イエローキャブの黄色とバスのブルーの取り合わせは、目に鮮やかでいいなあと思う。

 マンハッタン内を走るバスの料金は一律1ドル50セント。地下鉄も同様だ。かつては地下鉄駅でトークンと呼ばれる5円玉のようなコインを購入し、それをバスの入り口近くにある料金箱に入れて乗るしくみだった。今でもトークンは使えるが、数年前にメトロカードが登場して以来、こちらが主流になりつつある。これは地下鉄、バス、両方で使用できるもので、例えば20ドル分を購入すると1回乗車分のおまけがついてくるなど、トークンよりも得である。最近は、1日乗り放題券だとか定期券のようなものもできているようだ。

 しかし、トークン、あるいはメトロカードを持っていない時は困る。日本のようにお札を入れておつりが出てくるなんていう親切なシステムはないので、いくら現金を持っていても使えないからだ。ただし、小銭を持っていれば別。1ドル50セント丁度(1セント硬貨をのぞく)の小銭を持っていれば、トークン用のボックスに入れる。とはいうものの、アメリカでは日本の100円程度にあたる1ドルが紙幣である。かつて誕生した際、まったく普及しなかった1ドルコインが、また最近になって作られ始めたようだが、まだ目にしていない。

 従って、小銭で支払うとすると、少なくともクオーター(25セント硬貨)が6枚、必要になる。しかし、いつも都合よく持ち合わせているとは限らない。クオーターは最も需要の高い硬貨で、例えばコインランドリーの機械なども、クオーターを投入して使用する仕組みになっている。紙幣からクオーターへの両替機というのもある。

 さて、前置きが長くなったが、マンハッタンのバスの中、である。このバスの中では、日本では見ることのない乗客同士のコミュニケーションが行われる場所である。

 バス停でバスがとまり、乗客が乗り込んでくる。どうやらトークンもメトロカードも持っていないようだ。1ドル札をピラピラさせて、他の乗客に向かって呼びかける。

「誰か、両替してくれない?」

 すると、他の乗客たちはみな、おもむろに自分の財布を開け始め、小銭をもっていれば両替してやる。それをきっかけに世間話などもはじまる。そもそもがフレンドリーな気質のアメリカ人だから、見知らぬ人になにか話しかけることに対して、日本人のように恥ずかしいという感情はないのだ。

 すてきなバッグを持っている人を見かければ
「まあ、そのバッグすてきね」

 バスの中の冷房が効きすぎていると
「運転手さん、ちょっと冷房がきつすぎるんだけど」

といった具合に。思ったことは、口にするのである。いいことも、悪いことも。

 バスの乗車は運転手のそばの前方のドアから、降車は前と後ろの両方からできる。ただし、後ろのドアは、たとえ停留所に停まったとしても、運転手がロックを解除しなければ開けることができない。常に解放しておくと、後ろからも乗客が無賃で乗り込んでくる可能性があるからだろう。それでも、たいていの場合、停留所ではロックが解除されるのだが、たまに運転手がそれを忘れ、後ろのドアが開かないときがある。開かないからとモタモタしていては、バスは走り出してしまう。運転手に向かって叫ばなければならないのだ。

"Back door, please!"

 アメリカに来たてのころ、決してもじもじするタイプではないわたしでも、バスの中でこの叫びをあげることに抵抗があった。そんなときは、まわりの乗客がかわりに叫んでくれたものだ。アメリカ人は、決して見て見ぬふりはしない。たまにお節介だと感じることがあるけれど、一方で東京で暮らしていた頃よりも、ずっと人とのコミュニケーションが濃厚になったように思う。

 ところで、先日、バスでダウンタウンに向かう途中、いつもに増して、強烈な人たちと乗り合わせてしまった。強烈と言うよりは、かなり危ない人たちがたまたまかちあってしまった、見応えのある光景だった。

 ずーっと大きな声で独り言をしゃべり続ける白人のおじさん。ヒョウ柄のピチピチの超ミニスカートをはき、髪の毛に無数のピンを付け、ウォークマンをガンガンに音漏れさせ、子供の手をぐいぐい引っぱって乗り込んで来る黒人女性。「誰か、小銭と両替して!」と叫ぶぼってりとしたおばあさん。山ほどのスーパーマーケットの袋をカートに突っ込み、人につまづきながら通路を横切るおばさん。「痛いわねえ!」と文句を言われてもどこ吹く風、席に着くやいなや、荷物の中から2リットルはあるジュースのボトルを取りだし、ごくごくとラッパ飲みを始める。

 わたしの目の前に座っていたヨボヨボのおじいさんは、ぷってりとした血色のいい50歳くらいのおばさんに席を譲った。レディファーストの心意気は見上げたものだけれど、座るべきはおじいさん、あなたでしょう。ま、譲られて座るおばさんもおばさんではあるが……。

 さらに、通路を挟んで隣の座席では、腰の曲がらないおばさんが、靴紐がほどけたから結んでくれと、見知らぬおばさんに足を突きだしている。快諾して結んであげるおばさん。

 退屈することなく、目的地に到着することができた。(M)

 


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