演歌的。 (9/27/2000)

なにが面白くないって、アメリカのテレビで観るオリンピック。だって、アメリカ人が活躍している競技ばかりが映し出されるんだもん。日本のテレビでは、日本選手が活躍しているシーンが流されるのだから、仕方のないことだが……。

読売新聞の衛星版やインターネットでのニュースで、日本勢の様子は伝わるけれど、例えばマラソンの高橋選手がゴールするシーンなどは観たかったな、と思う。

それにしても、なぜ、日本のメディアでのオリンピック報道は、演歌的なのだろう。「亡くなった母のために」とか「ガンで去った父のために」とか、そういうお涙ちょうだい的な記事が本当に多い。またか……と思いつつも、記事をじっくり読んでは目頭を熱くする私も私だが。少なくともアメリカの新聞は、身内の悲話で記事を埋めたりはしない。

「悲願の金メダル」とよく形容されるけど、「悲願」という言葉自体からして、もう重たい。広辞苑には「悲壮な願い。ぜひとも達成しようと心から念じている願望」とある。なぜ「悲壮」なのか。言葉とは、本当にその国その国の文化や土壌、精神構造と深く結びついて成り立っているのだなと、つくづく思う。

 

驚いた。 (9/25/2000)

このホームページで掲載しているエッセイや日記などをメールマガジンで配信してみるのもいいかな、と思いつき、「まぐまぐ」のサービスを利用させてもらうことにした。登録申請をして承認されるまでに約1週間。昨日のまぐまぐのニューズレターで自分のメールマガジンが承認されていることを知り、うれしくなって発行者サイトにアクセスしてみた。40、50人くらいは購読希望者がいるかな、と思って検索してみると、すでに300人を超えていた。ものすごくびっくりした。朝起きて、もう一度確認したら約600人になっていた。午後2時頃確認したら800人ちょっと。そしてさっき、ディナーミーティングから帰ってきて確認したら1000人を超えていた。本当にびっくりした。

インターネットの世界では、1日1000人の購読申し込みは多分珍しいことではないだろう。ただ、ずっと印刷媒体を手がけてきた私にとって、一日にしてこれだけの人々が、ここに到達することに驚きを感じずにはいられない。例えばmuse new yorkは、取材し、執筆、デザイン、印刷、そして配達に至るまでかなりの時間を要して一万部を配布。誌面にあるアンケートハガキにより無料定期購読者を募るのに、1年間(計4号)かけて500人である。

だから、なにが、どうした、というわけではないのだが、インターネットの無数の網の目が地球の上を縦横無尽に交差し入り組んでいるビジュアルが、今更ながらではあるが、脳裏に浮かび上がり、ほーっとため息が出た。

購読をお申し込みいただいた方、ありがとうございます。来週あたりから配信を開始しますので、今しばらくお待ちください。

 

いったい、誰の……。 (9/22/2000)

7月末から8月頭にかけては、ワシントンDCのオフィス整備のため心身共にエネルギーを使った。そのせいか、ある日を境に、眠れないほど腰が痛くなり、仕方なくカイロプラクティックに行った。学生時代、バスケットボールで痛めた腰や膝は、今でも時々痛み出す。

イエローページを開いて、一番近いドクターを探す。本来なら評判を聞くべきなのだろうが、まともに身動きがとれなかったので、とにかく応急処置を頼もうと出かけた。

レントゲンを撮ったあと、診察室で腰痛などのメカニズムやカイロプラクティックの治療法に関するビデオを見せられる。診察室は、子供の患者が多いのか、玩具などが転がっており、一画には理科室にあるような骸骨が立てかけられている。椅子の上には背骨だけが2、3体分、無造作に置かれていた。ああ、これで骨の曲がり具合を説明するんだな、と手に取ってぐにゃぐにゃと曲げたりしながら、ドクターが来るのを待った。

派手なネクタイをしたエンターテイナーのようなドクターが入ってきた。私の背骨のレントゲン写真を見ながら状態を説明してくれる。ドクター曰く、背骨に歪みはあるが、骨そのものは健康だから症状としては悪くないらしい。そう言いながら、椅子の上にある二つの背骨の見本を取り上げ、「ほら、こっちのようにきめが粗くて火山石みたいな骨、これは不健康だけど、こちらの骨はきめが細かいでしょ。きみのはこんな感じ」と説明してくれる。そして何気なく「これは本物の骨だけどね」と付け加えた。

えっ、作り物じゃなかったの? ってことは、誰の骨? 引き取り手のいない遺体の骨? それとも犯罪者? ドナーというのは臓器提供だと思ってたけど、骨を提供する人もいるの? いったいどこから来たのだろう。日本のカイロプラクティックでも本物を使っているの? まさかね。

それから何度か通院しているが、あの骨からは距離を置いたところに座り、二度と触っていない。

 

チャイナタウンで北京ダック (9/15/2000)

久しぶりに友人たちと夕食に出かけた。チャイナタウンにある北京ダックの専門店、その名もPeking Duck House 。安くておいしくてボリュームたっぷり。以前はがやがやした大衆レストランというイメージだったが、近所に移転し新規オープンした店は、白いテーブルクロスもうやうやしい、まるで欧州料理レストランのようなしゃれた雰囲気。BGMはクラシックピアノと、ちょっと気取りすぎの感。値段が高くなって味が落ちてるんじゃないかと心配したが、そこは以前と変わらず安心した。4人以上揃えば一人あたり22ドルのコースがお得。スープ、前菜に始まり、4人につき丸ごと一羽の北京ダック、それにアントレ(主菜)を2種類選べる。それでもってデザート付き。この日はバナナのフリッターだった。どれもこれもボリュームたっぷりで、みな異口同音に「ああ、もうお腹いっぱい……」

ちなみに会った友人は、muse new york Vol. 5の国際結婚をした日本人インタビューに登場してくれた小畑さん、音楽の記事を書いてくれた池城さん、そしてフリーランスでデザイナーをやっている西さん。皆、ニューヨークで働く女性たちだ。気の置けない人たちと、久しぶりに食べて喋って飲んで、楽しいひとときだった。(M) 

 

久々のマンハッタン (9/13/2000)

先月下旬からワシントンDCオフィス出張、クーパースタウン及びデトロイト取材でマンハッタンを離れていたが、昨日ようやくマンハッタンに戻ってきた。ごみごみしてて騒がしくて、なんだか汚い街だけど、ここに戻ってくるととてもホッとする。たまった郵便物を整理したり、オフィスを片づけたり、あちこちへ電話を入れたりしているうちに夕方になってしまった。

大急ぎで郵便局や銀行へ出かけた帰り道、上で紹介しているフェアウェイで食料品を調達。朝食用のシリアル数種類にミルク、この店オリジナルのオレンジジュース(これがおいしい!)、調理が簡単な生パスタ(ポテトニョッキ)にバジルソース、ワインのつまみ用チーズ、お気に入りのビールSamuel Adams(ボストン産)などを購入。それから、モヤシに枝豆、シイタケ、白菜など、日本的な食材も仕入れた。夏の間はここのチェリーが安くておいしかったが、どうやらすでに季節は終わったらしい。残念。マンハッタンでは、たいていのスーパーマーケットが、近所であればデリバリー(有料)してくれるのでとても便利だ。ブックスストアやレコードショップに寄り道しつつ、家路についた。(M) 

 

自動車の聖地へ (9/10/2000)

ここ、デトロイトは、周知の通り、かつて自動車産業で栄えた街。三大自動車会社であるフォード、クライスラー、そしてジェネラルモータースの拠点だ。今回、取材に来ているのは、郊外にあるフォードグリーンフィールドというアミューズメント施設。各地から移築された20世紀前半の建物などが点在する、アメリカ版江戸村といった感じの場所だ。ここで、毎年恒例のオールドカーフェスティバルが2日間にわたり開催されている。オールドカーの愛好者たちが、一生懸命に手をかけた愛車をトレーラーで運んで来、自らも往時のファッションに身を包み、自慢の車を披露する。参加する車は約500台。一家総出で来ているところもあれば、夫婦、あるいは親子で来ているところもある。世代を超えて、皆がいっしょに楽しんでいる姿は、見ていてとても微笑ましい。(M) 

 

ベースボールの聖地へ (9/5/2000)

日本の雑誌の取材で、クーパースタウンに来ている。同行者は昨日の便で日本から来た編集者K氏とカメラマンのO氏。夕べのうちに顔合わせを兼ねて夕食をとり、今朝8時にはレンタカーでマンハッタンを出発した。

最初は私が運転していたが、途中、ドライブインで休憩した後、O氏にバトンタッチ。広々としたハイウエイで、アクセルを思いきり踏み込み走る彼。制限速度65 マイルを大きく切って、80マイルを軽く超えている。ちょっとまずいかも、と思った矢先、前方に待機しているパトカーの姿が……。急に減速するも、お見通しである。しっかり背後からついてきた。やばいなあ、もう。

しかしながら、海外取材に慣れている彼ら。こんなときは英語をわからぬふりをすればいいと、割腹のいい黒人ポリスに、日本語混じりで返答する。私は後部座席でヒヤヒヤしながらやり取りを見守る。「そんなに急いでどこへ行くのか」と聞かれ、O氏がクーパースタウンと答えると、「おう、ベースボールか」とバットを振る仕種をしてみせる。なんとなくご機嫌なご様子。国際免許証に一通り目を通した後、彼は、「危ないから65マイル以上は出しちゃいけないよ」と言って、見のがしてくれた。ああ、よかった。やさしいポリスでよかったよ、本当に。(M) 

 

漁村なビーチ (9/3/2000)

この夏最後の休暇を、ビーチでのんびりと過ごしたい。そんな素朴な願いを抱いて、メリーランド州の海辺の街へ出かけた。なのに、そこには砂浜のビーチはなく、クルーザーの港とカニ漁の漁港があるばかりだった。詳しいいきさつはニューヨーク生活日記に記しているので、詳細はそちらで。Anyway! 今日の午後、そんな漁村から帰って来て、私はかなりブルー。 ジャマイカ、カリブ、バミューダ……、そんなところに今すぐ出かけたい気分である。(M) 

 


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