坂田マルハン美穂のDC&NY通信

Vol. 127 1/31/2005 


Contents

●24日月曜日。雪景色の中をマンハッタンへ
●ハンドバッグを求めて、西へ東へ……
●ネイルサロンで爪のお手入れ。ギリシャ料理店で夕食
●25日火曜日。久しぶりにマンハッタンで髪を切る。
●荒木経惟を追ったドキュメンタリー映画『アラキメンタリ』を観る
●友人と、ニューヨーク的な日本料理の店でディナー
●26日水曜日。そしてミューズ・パブリッシングの行く末は……
●タイムズスクエアまで歩き、懐かしいイタリアンで夕食


1月の後半、米国の東海岸はすっかり冷え切っています。連日、氷点下を大きく下回る寒さの中、先週は3泊4日でニューヨークに行ってきました。12月初旬に母と妹と一緒に出かけたときは、幸運にも暖かな日が続き、クリスマスのイルミネーションも美しく、「冬のよきニューヨーク」を楽しみましたが、1月のニューヨークは寒いばかりで、あまり魅力的とは言えません。

とはいえ、一人でニューヨークに来るのは1年ぶりのこと。しっかりと防寒をして、冷風の吹きすさぶ街を歩いてきました。お陰で、DCに戻ってきた翌日からすっかり風邪を引いてしまい、くしゃみ鼻水、微熱の症状が2、3日続きましたが、週末ゆっくりと過ごしたお陰か、今日月曜日はすっかり体調も戻り、いつものようにヨガをして、元気な朝を迎えました。

今日は、ニューヨークでのことを。

 

●24日月曜日。雪景色の中をマンハッタンへ

夜明け前、カリフォルニア出張の夫を送りだしたあと、わたしも9時半発の列車に乗るため、家を出る。前の週の東海岸北部は、より気温が低く、大雪も降ったりで、とても遠出できるような状況ではなかったが、今週は少しはましのようだ。

アムトラックは雪景色のなかを北へ走る。途中で激しく吹雪くところもあったけれど、遅れることなくマンハッタンについた。空は晴れているが、舗道の端々に除雪された雪が積まれていて、それが黒いゴミ袋と入り交じって、かなり悪しき風情である。

雪の後のマンハッタンは、歩きにくいことこの上ない。交差点に、みぞれ状になった雪が溜まり、そこに足を取られたりして、靴がべちゃべちゃになるのだ。だからぬかるみを歩くときには、十分注意をしなければならない。

とはいえ、吹雪で身動きがとれなくなった去年の冬のことを思えば、晴れているだけずいぶんいい。あのときは、雪の中、入院している小畑さんを見舞ったのだった。あれが彼女に会った最後の日だった。あれからちょうど一年経つのかと思うと、ひしひしと、日々の重さが迫ってくる。

カーネギーホールの向かいにあるホテルにチェックインして、まずは防水、防寒のブーツを買いに行くことにした。本日の気温は-8℃ほど。手袋をして、ダウンジャケットのジッパーをしっかりと上まで閉じて帽子も被り、頭がまんまるの、まるでエスキモーみたいなファッションで、外に出る。

ホテルのドアマンが

「寒いからお気を付けて。でも、先週よりはいいですよ。

なにせ先週は、華氏0度(-18℃)になったんですから!」

寒い寒いと言いながら、低い気温を誇示するあたり、ニューヨーカーである。ローカルのメディアもこぞって「寒い!」を連呼しながら、凍るセントラルパークや街角の様子をレポートしているけれど、どこかはしゃいでいるという印象を拭えない。どこか楽しんでいる。

まず、近所の靴屋へ。カナダ製の、暖かくて底の厚いブーツを見つけた。これでぬかるんだ道も滑らずに歩ける。

 

●ハンドバッグを求めて、西へ東へ……

今日はハンドバッグを買うため、ブティックやデパートを巡る予定である。色々な種類を見比べるには、さまざまなブランドが揃っているマンハッタンを歩くに限る。長く使える良質の物を買うつもりなので、きちんと手にとって、自分に似合うかどうか鏡に映し、見比べたいのだ。

五番街、57丁目、マディソン街をひたすら歩く。高級ブランドの店には、それにしても必ず日本人の店員がいる。そしてお客は、若い日本人女性や若いコリアン女性が多い。

昔は、ブランド物に飛びつく日本の若い女性らに対して、あまり好意的な印象はなかったけれど、このごろは、「日本人は質のいいものに対する審美眼が、他の国の人々に比べてずば抜けて高い」ということの一つの象徴だとも、思うようになった。

日本から離れて、日本を客観的に見るようになってから感じるようになったことだが、日本人の「物に対する拘りの強さ」や「品質に対する厳しい眼」は、実に驚嘆すべきことに思える。

衣類や小物だけではない。衣食住全般に於いて、日本人ほど、世界の、いや欧米の一流品を、いち早く手に入れる国民もないだろう。ただ、国境を越えたときに、その選択が身の丈にあっているかどうか、という問題が、起こることもあるけれど。

それにしても、「これぞ!」と思う品物を見つけることは、簡単ではない。あらかじめ目星をつけていたバッグは、思っていたよりも小さめで、持ってみた感じがしっくりとこなかった。

最近は、ベルトや金具が妙にゴテゴテしたデザインが流行っていて、できるだけシンプルなものが欲しいのに、どうにもピンと来ない物ばかり。デパートにはさまざまなブランドの商品が一堂に会しているので入ってみたが、やはりこれというものがない。

今日は見つけられないのだろうかと諦めかけていたころ、マディソン街にあるブティックのショーウインドーに飾られていた、オレンジ色のハンドバッグに引き寄せられた。それでも即決しかね、閉店時間を確認し、もうしばらく先まで歩く。

巡り巡って、同じ店を行ったり来たりして、ついにオレンジ色のハンドバッグを買った。

映画を見に行くつもりだったけれど、もうすっかりくたびれたし、日が暮れると寒さがしみる。一旦ホテルへ戻って休憩した後、早速、新しいハンドバッグに荷物を詰め替えて、再び外へ……。

 

●ネイルサロンで爪のお手入れ。ギリシャ料理店で夕食

ホテルの近くにある、コリアン経営のネイルサロンで、スパ・マニキュアとペディキュアをしてもらう。ただエナメルを塗ってもらうだけではなく、手足のマッサージ付きなので、結構気持ちがいいのだが、しかし、コリアン・サロンの問題点は、従業員らが、猛烈におしゃべりなこと。

それは、中国系のマッサージサロンにも言える。お客が中国語、もしくは韓国語を理解できないのをいいことに、もう、大声でおしゃべりし放題。マッサージとかネイルケア、というのは、お客としては心をこめて集中してやってもらいたいものである。

集中していない「手」というのは、少しも心が伝わってこないから、気持ちよさが半減する。その点、同じ東洋人でも、日本のサービス業はこういうことをしないよなあ、と思う。

そこで思い出したのが「冬のソナタ」。日本で見たとき、吹き替えの声優の声が、いかにも上品でまろやかだったから、全体に優しげなトーンが漂っていたけれど、あれが吹き替えでなく字幕だったら、あそこまで日本人に受けただろうか。

主人公の女の子にせよ、あのライバルの、イライザみたいな女の子にせよ、もっとアグレッシブでつっけんどんなしゃべり方じゃないのかなあ。と思ったりもして。

「シュレック」も、"SEX AND THE CITY"も、日本語になると、まるで別の作品のように変わってしまっていたし……。

そんなことを思いつつ、爪をきれいにしてもらったあとは、夕食。少し歩いて、新しい店に入ってみようかとも思ったが、サロンを出るなり寒さにくじける。結局は、最短距離、ホテルの真向かいにあるなじみのギリシャ料理店"Molyvos"へ。

そういえば、去年の今頃、マンハッタンに来た時も、ものすごく寒かったから、ホテルの近くのレストラン、それもギリシャ料理の店へ行ったのだった。こことは別の店だけれど。確か一昨年、『街の灯』のサイン会をしにA男と来たときも、とても寒くて、やはりこのMolyvosに入った。

ギリシャ料理をそんなにしばしば食べるわけではないのに、なぜかいつも、寒い日だ。ギリシャの赤ワインを頼み、アペタイザーを2種類、頼んだ。

バー近くのこのテーブルは、一人のゲストがたくさんで、隣の若い男性は本を読みながら、となりのおじさんは携帯電話で話をしながら、食事をしている。

わたしは賑わう会話の渦の中で、ぼんやりと人々の様子を眺めながら食事をする。人と一緒に食事をするのも楽しいけれど、こうして一人で食事をするのもまた、好きなひとときだ。

 

●25日火曜日。久しぶりにマンハッタンで髪を切る。

朝。凍て付く窓の向こうに広がるのは青空だった。寒そうだけれど天気はいい。今日もしっかり防寒して、新しいバッグを持って出かけよう。鮮やかなオレンジ色と、真新しい皮の匂い。ショーウインドーに映るバッグの愛らしさに、ちょっとわくわくする。

午前中の用事をすませ、午後は久しぶりに、行きつけだったIZUMI SALONへ行った。かつてこのメールマガジンでも何度か書いたことのあるヘアサロンだ。いづみさんに髪を切ってもらうのは2年以上ぶり。時間は流れて、髪は伸びて、歳を重ねて、皺や弛みも増えるわけだ。

そんなこんなを、髪を切ってもらいながら、おしゃべりする。

40代を目前にして、ここしばらくのわたしは、美容と健康に敏感になっている。

去年の夏にも書いたけれど、ヨガはほとんど毎日やっているし、朝から生姜入りハチミツ紅茶を飲んだり、顔が黄色くならない程度にニンジン&アップルジュースを飲んだり、できるだけ歩いたりと、かつてなくヘルシーな日々である。

また、基礎化粧品及び石鹸などは、すべてインドから大量に持ち帰った物を継続して使用している。いずれも肌に合っているようで、調子がいい。

しかしそれだけでは、寄る年波には勝てない。最近、遅ればせながら「美容液」の存在に注意を払うようになった。こちらで入手できる欧米系の商品を使い比べて使用しているが、果たしてどれが自分の肌に合っているのか、今のところまだつかめていない。どなたか、おすすめの美容液があれば教えてください。

 

●荒木経惟を追ったドキュメンタリー映画『アラキメンタリ』を観る

ミュージカルか映画を見に行こうと、イベント情報を得るため週刊誌 "Time Out"を買った。映画のコラムに、ニューヨーク在住の若手監督による、写真家、荒木経惟氏のドキュメンタリー映画『アラキメンタリ』が紹介されているのを見つけた。

アジア映画専門のシアターでの上映で、期間も限られているから、当然DCでは見られないだろうと思い、髪を切った後、出かけてみることにした。

冬の平日3時15分開演の映画館。そこは怖ろしく静かな場所だった。他に7組ほどしか観客のいないシアターで、その映画を観た。

荒木経惟氏の、ノンストップで沸き出す感じが、つぶさに伝わってくる映画だった。

東京が大好きで、東京でばかりを撮影している彼を捉える映像は、もちろん東京が中心で、だから、東京に対して、どうしても相容れない居心地の悪さを常に抱いているわたしには、見ていて息苦しい映画でもあった。

"Lost in Translation" という映画があったけれど、疎外感や漂流する感覚は、言葉が通じない異邦人にのみ、起こることではないと改めて思った。

言葉は通じても、それは起こる。東京でのわたしは多分、"Lost in Translation" なのだと、この映画をみていていよくわかった。

それにしても、自意識過剰なわたしは自分の世界のことをばかり、考えている。

 

●友人と、ニューヨーク的な日本料理の店でディナー

映画を観た後、また街を歩き、SHIZUKA new yorkの静さんと待ち合わせている日本食レストランへ。彼女とは、去年の1月の雪の日に会って以来、一年ぶりだ。

ところで、昨夏ニューヨークのことを書いたときにも記したけれど、最近のマンハッタンは、いよいよ、コンテンポラリーかつ高級感ある日本料理店が次々にオープンしており、ニューヨーク的な日本料理の世界を築き上げている様子だ。

すでに、寿司や刺身、天ぷらといった「定番の日本料理」の味は、それなりに知り尽くしたニューヨーカーたちが、目先の新しいメニューやプレゼンテーション、そしてCoolな雰囲気を求めて詰めかける先が、そんな新しい日本料理店のようである。

さて、わたしたちが待ち合わせたのは、「芸者(Geisha)」という、日本人にしてみれば、何とも冴えない名の店だ。

http://www.GeishaRestaurant.com/

昨夏、ムンバイのタージマハル・ホテルにオープンした高級日本料理店「ワサビ」のネーミングといい勝負だ。当初、高級レストランに、ワサビという名前はあり得ない、日本人が開店に関わったとは思えない名前だと思っていたら、メニューは「料理の鉄人」の森本氏によるもので、店名も"WASABI by Morimoto"とあって、脱力した。

ところで、「料理の鉄人」と言えば、こちらのテレビ番組(Food Network) で久しく、日本の「料理の鉄人」が再放送され続けていた(いる)が、先日より、アメリカ版 "Iron Chef America"が始まり、森本氏は鉄人の一人として活躍している。

あの番組が、米国に於ける日本食のイメージに新風を吹き込んだことは確かだろう。

さて、「芸者」は、平日だというのにたいへんな賑わいだ。予約をしていたのに、更に1時間も待たされるという状態。コートを預けようにもクロークルームは分厚いコートで満杯。バーカウンターはグラス片手に大声で語り合う人々で溢れかえり、時折、大きな笑いの渦があちこちで起こる。

寒かろうが暑かろうが、このエナジェティックな空気こそ、ニューヨークだな、との思いを新たにする。

わたしたちは、"GEISHA"と刻印の入ったラッパ型のグラスに注がれたシャンパンで乾杯し、ツナ(マグロの刺身)のタルタルやタイガーシュリンプ(エビ)のダンプリング、オイスターのフライ、ロール(巻きずし)などをオーダー。

静さんの経営するエステティックサロン、SHIZUKA new yorkは、米国のメディアにもしばしば紹介され、ビジネスは好調のよう。近々大きくステップアップするようだ。DCを離れる前に、ぜひとも新しいサロンでトリートメントを受けたいと思う。

料理を味わうというよりも、もっぱら会話の方に集中していたディナータイムだった。

 

●26日水曜日。そしてミューズ・パブリッシングの行く末は……

今朝も相変わらず寒い。朝食を食べようと、ホテルそばのベーカリー&カフェ、Le Pain Quotidienへ行く。

http://www.lepainquotidien.com/

オーガニックの素材を用いたパンやサンドイッチなどの軽食、スイーツを出すこの店は、ブリュッセルが発祥の地。ベルギーをはじめ、イタリアやフランス、スイス、米国に店を出している。

ここ数年、マンハッタンにも次々に新しい店舗をオープンし、この店もできてまもない。ダイニングに、まるで「学生食堂」のような、長くて大きな白木のテーブルが並んでいて、それが不思議と、とてもリラックスさせてくれる。

素朴なパンの様子と、店の雰囲気が調和した、とても感じのいいカフェだ。

広々とした窓から、冷たい風が吹き付ける冬枯れの街を眺めつつ、カフェオレマグに注がれた温かいカフェ・ラテと、ブリオッシュで軽い朝食をとる。

さて、その後、ミッドタウンまで歩き、用事をすませたあと、やはりミッドタウンにあるトラットリア(イタリア料理店)で友人とランチ。彼女とも1年半ぶりとあって、ランチだというのに3時間近くもおしゃべりをしていた。

食後、近くにあった日本の書店「旭屋」でしばし立ち読みをする。ニューヨークへ来ると本当に日本が近いと思う。

わたしが『muse new york』を発行していた1999年から2001年にかけては、まだ日本の無料誌はそう多くなく、『muse new york』も、稀少な日本語源の一つとして、大切に読んでもらっていた気がする。

インターネットの浸透で、海外に住んでいるから日本語に飢えてしまうといった現象がなくなりつつある上に、最近マンハッタンでは、情報誌やタブロイド誌など、無料の日本語媒体がたくさん発行され、これでは海外に住んでいても日本語媒体に対するありがたみが薄れそうである。

そういう意味でも、わたしは競争相手の少ない時期に、ニューヨークにいたのだな、と思う。

日本人駐在員の数は年々減っているとはいうものの、学生やフリーランサー、あるいは現地企業に働く日本人は増えているのだろうか、日本語の情報誌だけでなく、それを置いている日本食料品店なども増えているような気がする。

ミッドタウンにある日系のデリに立ち寄った。「日本の味がすぐに手には入ってうらやましい」と思う一方、異国に住んでいることで発生する不便さや疎外感が失われることに、一抹の「つまらなさ」を感じる。物事、便利であればいいとも限らない。

そんな気持ちが常にどこかにあるから、インドに住みたい、などと思うのだろうけれど。

さて、午後は、いつも電話やメールでのやりとりをしているいくつかの取引先へ挨拶へ行く。グランドセントラル駅から五番街界隈にかけてのミッドタウンには、日系の企業が集中しているのだ。

それから、ミューズ・パブリッシングの年度末会計の資料を持って、会計士のオフィスへ。

『街の灯』の「デボラ」にも登場した、あの会計士事務所だ。こうしてこの事務所を訪れるようになって丸8年。いよいよ今年は、会社の閉鎖に関する相談をした。

まだ具体的な時期や場所は決まっていないにせよ、今年はいずれにしてもDCを離れるし、会社を存続する理由がなくなってしまう。現在、会社として受けている仕事を個人の仕事に移行するか、あるいは他社に引き継ぐなどの作業はあれこれと発生するが、いずれにしても、会社は閉鎖することになるだろう。

就労ビザを自給自足するがために設立した会社だったとはいえ、会社にしたことで大きな動きもでき、その後4年間、マンハッタンで自立して行けたのだと思うと、たとえ自分ひとりだけの小さな会社だったとはいえ、閉じるとなると感慨深い。

次へ進むためには、過去から現在に至る一つ一つを、きっぱりと片付けて行かねばならない。その方が、後戻りできない分、多分、先へ進みやすい。

 

●タイムズスクエアまで歩き、懐かしいイタリアンで夕食

会計士さんとは随分と長話をした。そのあと、カフェで休憩をしたあと、何とはなしにタイムズスクエアの方まで歩く。そうだミュージカルを観ようと思い立つ。

宮本亜門の"Pasific Overtures"(太平洋序曲)、或いは"Fiddler On The Roof"(屋根の上のバイオリン弾き)を観ようかとも思うが、当日券売場に行ったら、"Hairspray"のチケットが売られていて、なんだか明るく元気なミュージカルもいいなと思い、それに決めた。

http://www.hairsprayonbroadway.com/

開演時間までにディナーをと、昔住んでいたあたりの方へ歩き出す。マンハッタンは五番街を中心に、東西へ、つまり川の方に向かって歩いて行くにつれて寒さが増す。七番街、八番街と通過するごとに、ハドソン川から吹き上げてくる凍て付いた風が頬を刺し、覆面を被りたいくらいだ。

そんな西端まで行く必要もないのに、なぜか昔、よく行った九番街沿いのイタリアン"Puttanesca"まで歩いた。この店には、本当によく訪れた。A男と、友達と、あるいは一人で。週に一度は、ここの料理を口にしていたと思う。出前もしょっちゅうとっていた。

ものすごくお勧めの店、というわけではないのだが、そこそこにおいしくて、雰囲気も悪くなく、リーズナブルな料理が揃っている気の置けないビストロなのだ。

メニューの内容もほとんど変わっていなくて、なんだかそれがうれしい。

キャンティの赤ワインを頼み、それからブロッコリーラブのソテーと、なぜか急に食欲が沸いて、サーロインステーキをオーダー。

噛みごたえ抜群の牛肉を噛みしめながら、湧き出てくる感情を、静かに追ってみる。

今日、ミッドタウンで、渡米後まもなく1年余り勤めていた会社を訪れた。そこには、わたしが入社する前からその会社に勤めている人たちも何人かいた。久しぶりに再会した彼女らは、みな、とても元気そうだった。

彼女たちと挨拶を交わした後、人には「定まる人」と「動く人」があるのだということを、強く感じた。ずっと同じ場所にいることを選んでいる人たちは、着実に自分の暮らしの形を築き上げ、そこから暮らしの枝葉を伸ばしているように思う。

わたしも、ときに、そのような「定まり」を、いいなと思う。終の棲家とは言わないまでも、長く住むと決めたら、その場所を起点としてのライフワークを確立し、集中して取り組むことができる。家のインテリアにも力を入れて、快適な「居場所」を築いてみたい。

けれど同時に、その「定まり」を打ち砕こうとする衝動がいつもある。

わたしは、くどいくらいに、ノスタルジア <懐かしさ> を意識する。それは、幼児期からの習慣のようなものだ。

ノスタルジアは、常にわたしのそばにあり、さまざまな場所を旅したいと思う気持ちも、そしてそれを書きとどめておきたいという衝動も、音楽も、美術も、空も海も、すべてそこに帰結しているような気がする。

もしも、わたしが「定まる人」だったとしたら、ノスタルジアを覚える瞬間は、もっと少なくなるだろう。

同じ場所にいるときには気付かないことでも、離れた場所に身を置いてみることで、過去の場所の輝きを再認識できる。自分自身が、動いているからこそ、ノスタルジアは蓄積されていく。自分自身が、変化しているからこその懐かしさ。

世の中には、過ぎてしまえば、美しく見える物事で満ちあふれている。だから、旅を続けると、自分の通過してきた世界がより輝いて見えるのだろう。たとえば愚かで滑稽な出来事でさえも、一つ一つが完結したストーリーになる。

心に刻まれる、忘れがたいシーンが増えていき、折に触れ、過去に触れ、胸が迫る。こんな思いに駆られることはまた、歳を重ねていることの象徴なのだろうか。

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食事を終え、ミュージカルを見て、ホテルへの道を急ぐ。

ビルの上の温度計が、-14℃を指している。猛烈に寒い。

急ぎ足で歩きながら、去年の1月にこうありたいと決めた言葉がまた、脳裏をよぎった。

「身軽に。」

今年のわたしもまた、すぐにも走り出せる「身軽さ」を備えていたいと思う。物質的なものだけでなく、精神的なものにおいても、いろいろな「余分」を、もっと削ぎ落として行こう。

その果てに残るものが何なのかを、突き止めたい。

明確な目標に向かって邁進して行くことはとても大切だと思うけれど、でも、そこに至る過程、つまり毎日毎日を、なるたけ楽しみたい。

最近は、祈るみたいに、そう思う。

(1/31/2005) Copyright: Miho Sakata Malhan

 


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