坂田マルハン美穂のDC&NY通信

Vol. 137 6/12/2005 


●ニューヨーク小旅行。思い出巡りに徹した4泊5日。
●お別れティーパーティーも開き、いよいよ旅立ちの心境


◆今、6月12日、日曜の午後です。午前中に「引っ越し第一弾」を終え、荒れ果てたキッチンでランチを作って食べ、一息ついたところです。テーブルや机、書棚など、大きな家具を友人夫妻が買い取ってくれたので、今日はその運び出しでした。

明日の午前中は「引っ越し第二弾」。ストレージルーム(トランクルーム)の業者が段ボールの山を引き取りにやって来ます。これらの荷物は、やがてインド行きが実現した際、直接ここからインドに輸送することになります。

カリフォルニアの滞在期間は半年程度の予定なので、家具付きのアパートメントを借りるため、カリフォルニアに送る荷物は最低限にまとめました。

と言いたいところですが、なんだかんだと荷物が増えて、「身軽でありたい」などと言ってる割に、全然話が違うじゃないかと自分でもいやになります。

家具のなくなったアパートメントはガラーンとしていて、妙にエコーがかかります。今日はこれから、最後の荷物を片付けて、それが済んだら「ワシントンDC最後の夜」を楽しみに、外へ出かけようと思います。

◆ここ数日は、荷造りも大詰めで、ドアとドアの間に指を挟んだり、クローゼットの棚から物が落ちてきて、額に小さな「たんこぶ」を作ったりと、絵に描いたような負傷をしつつも、元気でやっています。

ここ数カ月はあちこちへ出かけるなど、家を空けることが多いとわかっていたこともあり、早いうちから少しずつ荷造りの準備を初めてはいたものの、やはりぎりぎりには余裕がなくなるものです。

このような事態において、わがA男は、まったくあてにならないということは当初から覚悟の上だったのですが、転職先から急ぎの仕事を依頼され、四六時中コンピュータに向かっており、その傍らで黙々と、100箱を超える段ボールを一人積み上げていく日々においては、それなりに不満も炸裂するというものです。

昨日はフェイシャルに出かけ、リフレッシュしてきましたが、なんだか「焼け石に水」だったような気がします。

◆荷造りの日々においては、夕刻になるとしばしばご近所へ散歩に出かけました。ここしばらくはカテドラル(大聖堂)の隣のビショップスガーデンのバラが満開で、もう、本当に、見事なのです。

A男と結婚して、ともに暮らしはじめたこのワシントンDC。わたしたちの"Home"が築かれた、最初の場所。やれ退屈だ、やれ刺激がないと、不満を言ったこともしばしばでしたが、こうして3年半の生活ののち離れるとなると、さまざまに思いが去来して、しんみりとします。

花々に見送られるようにここを去るわたしたちは、本当に幸運だと思います。センチメンタルに浸っている余裕もなく、潔く立ち去るのがいいのかもしれません。

◆明日の午後からは、いよいよ大陸横断のドライブです。まだ大まかにしか旅のルートも確定していませんが、車のメンテナンスも万全だし、地図も用意したし、ゆっくり2週間はあるので、休み休み、走って行こうと思います。

東半分は、主に通過し、西側のニューメキシコやアリゾナあたりで観光を含め、のんびりしようと思っています。サンタフェやグランドキャニオンなど訪れたことのない場所に行き、それからラスベガスに寄って、カリフォルニアに入るつもりです。

 

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●ニューヨーク小旅行。思い出巡りに徹した4泊5日。

5月末、ニューヨークへ行ってきた。

すでに初夏だというのに、やっぱり今回も、寒いは雨は降るは風は強いはで、なかなかに感じの悪い天候に見舞われたが、予定より1泊増やしたおかげで、最後の2日は好天に恵まれ、心置きなく遊び回ることができた。

本来は、友人達にあったり、仕事関係の人たちへの挨拶に時間を割くつもりだったが、A男が同行すると決まって旅の目的が大きく変わり、無論、何人かの友人には会ったし、仕事の挨拶もしてはきたけれど、主には「思い出巡りの旅」となった。

かつてのご近所、アッパーウエストサイド界隈やセントラルパークを散策したり、よく通ったレストランやカフェ、ベーカリーや食料品店をのぞいたり、ソーホーやヴィレッジでショッピングをしたり、ミュージカルを観たりと、時間を惜しむように遊んだ。

ことに、住んでいたアパートメントビルディングを訪れ、なじみのドアマンと再会し、屋上(52階)からの風景をまた、3年半振りに見ることができたのは感激だった。『街の灯』の冒頭「サヨナラ・マンハッタン」の背景写真は、この屋上からの眺めなのだ。

A男がニューヨークに来て初めて住んだのがこのビルディングで、その後、わたしが押し掛け、一時、一緒に住み、彼がフィラデルフィア、DCと移転したあとも、わたしは部屋を移ったものの、同じビルディングに住み続けた。わたしたちにとって、マンハッタンの思い出がたっぷり詰まった建物なのである。

屋上からの景色は、新しい建築物群の誕生に伴い、数年前とは少し変わっていた。そんな変化をたどりながら、ビュービューと冷たい風に吹かれ、髪の毛を逆立てながら、二人それぞれに感傷に浸った。

つい昨日、その旅の様子をホームページに掲載した。思えば、このメールマガジンの発行を始めた当初からの読者の方々の多くは「ニューヨーク」に関心を持って登録してくださったようだが、これまで取材などの仕事以外で、ニューヨークの写真をたくさん撮ることはなかった。

住んでいたころは、そこが日常だったから、あえてカメラを向けるような機会はなかったこともあるし、単にデジタルカメラを持っていなくて、ホームページの更新も今ほど熱心にやっていなかった、ということもある。

今回はじめて、ホームページにたくさんのマンハッタンを載せてみた。思い出を辿る極めて私的な視点が捕らえた被写体が多いが、見ていただければと思う。

http://www.museny.com/2005/newyork00.htm

 

●お別れティーパーティーも開き、いよいよ旅立ちの心境

DCに移ったばかりのころは、社交的にしばしばパーティーを開いたものだが、インド行きを意識しはじめてからというもの、パーティーはおろか、DCでのイベントやエンターテインメントを楽しむこともなく、むしろここを拠点に、あちこちに出かけるばかりになっていた。

今になって、もっとコンサートなどに出かければよかったとか、いきそびれた観光地やミュージアムのことが気になったりもするが、そういうものである。ニューヨークでは「自由の女神」の中にも入らなかったし、ワールドトレードセンターの屋上にも行かないままだった。

ただ、気分的な締めくくりとして、「お別れパーティー」だけはやっておきたいと思い、先週の土曜日、ティーパーティを開いた。この日ばかりは荷造りをせず、タルトやスコーンを焼き、オードブルを作ったりして準備をした。

やることが山積みでも、その合間を縫って、このような準備をするのは楽しいものでだ。タルトやスコーンは、前夜、夕食を終えたあとに焼いたのだが、段ボールでいっぱいの部屋にまでも、オーブンから漂う甘く香ばしい匂いがいっぱいに満ちて、張り詰めた気分を解きほぐしてくれるようだった。

2時からの開始だったので、便宜上「ティーパーティー」と呼んだけれど、主にはワインやビールばかりを飲んで、最後のゲストは夜10時まで残り、もう最後にはしゃべり過ぎてすっかり声が枯れてしまうほどだった。

みな、とても楽しんでくれたようで、本当にいい一日だった。パーティーの様子も、ホームページに載せていますので、どうぞ。

http://www.museny.com/2005/tea-party.htm

 

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移動を目前にして、いろいろと書きたいことがあるのですが、コンピュータに向かい続けている場合でもないので、そろそろ作業に移ります。この次は、西海岸からのメールマガジンになるかと思います。

それでは、大陸横断の旅、行って参ります!

(6/12/2005) Copyright: Miho Sakata Malhan

 


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