ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー

Vol. 23 12/22/2000

 


今週の土曜日から休暇です。気持ちはすっかり浮き足だっています。今年の仕事はほとんど終了し、あとは細かな作業を残すだけ。今日、12月20日は、打ち合わせのあと、ミッドタウンにショッピングに出かけました。

五番街周辺を中心に、街は観光客や買い物客で大賑わい。歩道も渋滞状態で、目的地にたどりつくのに随分時間がかかりました。

 

●有名人にさりげなく出会える街、ニューヨーク

ニューヨークで暮らしていると、著名な人たちに、比較的親密な環境で接することができる。例えば、ジャパンソサエティという文化交流センターや紀伊国屋書店などでは、しばしば作家や演劇家など文化人の講演が開かれる。参加者も100人前後の場合が多いため、直接、質疑応答をするなど本人と言葉を交わすことも可能だ。

また、日本では、ファンが武道館を埋め尽くすようなミュージシャンが、小さなライブハウスで、さりげなく演奏を披露することも多い。以前、坂本龍一さんのライブでは、ピアノから数メートルも離れていない一番前の席から演奏を楽しむことができた。また、先日は音楽関連の仕事をしている知人から、矢野顕子さんのライブに招待され、これまたアットホームなライブハウスで、彼女の素敵な歌声とピアノを堪能することができた。

街を歩いているときや、レストランで食事をしているときなどにも、セレブリティ(有名人)を見かける。地下鉄で、私の好きな映画監督の一人であるジム・ジャームッシュを見かけたときは、思わず足をとめて彼を見つめてしまった。また、近所で犬の散歩をしていたスーパーモデルを見たときも、その美しさに見とれてしまった。でも、キャーキャー騒ぐ人がおらず、彼らが他のニューヨーカーと溶け込んでいて、自然にしていられるのもニューヨークの特徴だと思う。

チャイナタウンを歩いていて、村上龍氏が数名の女性と中国料理店に入って行ったのを見たときは、自分もあとについて入ろうかと思ったくらいだ。あいにく、友人と待ち合わせていたので、仕方なく素通りした。

私の友人にプロレスファンの女性がいるのだが、彼女に誘われて、フィラデルフィアの郊外までプロレス観戦に行ったことがあった。アントニオ猪木さんや故ジャンボ鶴田さんとも面識があった彼女。アメリカに暮らし始めて、インタビューなどの仕事を通じ、あこがれのプロレスラーに出会い、親しくなるなど、ファンにとっては「夢のような」出来事をしばしば体験している。

フィラデルフィア郊外の小さな街の公民館に到着した私たちは、入場するやいなや、小川直也さんと弟子の村上さんに出くわした。彼女は彼らと面識があったので、ちょっとした挨拶を交わす。彼らは、二人だけで来ていて、もちろんテレビカメラなどなく、近所に住むファミリーが観戦する中、試合をした。

全然、プロレスに興味がなかった私だが、彼ら二人の「鍛え上げられた肉体」に目が釘付けになり、なんてかっこいいのかしら! と感激した。試合の後、公民館の裏で立ち話をしたときも、妙に胸がドキドキして困った。かなりの興奮状態で帰路についた私たちは、道路標識もろくに見ず、大幅に道を間違え、2時間でマンハッタンに到着するはずが4時間以上もかかってしまった。

さて、なぜ今日、このようなことを書き綴ったかと言えば、矢野顕子さんのことを思い出したからだ。

彼女がライブで奥田民夫さんの曲「さすらい」という歌を歌った。一度聞いただけのその歌。短い歌詞だったけれど、とても心に残っていた。その歌を、今日、マンハッタンの街を歩いているときに思い出し、どうしても聞きたくなり、紀伊国屋のCDコーナーで購入しようと足を運んだ。

奥田民夫さんの「股旅」というアルバムに収録されているらしいのだが、あいにく見つからない。矢野顕子さんの 「Home Girl Journey」というアルバムに入っていたので、それを買った。

「さすらおう この世界中を 転がり続けて歌うよ 旅路の歌を……」という言葉からはじまる。

「さすらいの 道の途中で 会いたくなったら歌うよ 昔の歌を……」

そして最後に

「さすらいもしないで、このまま死なねえぞ」

矢野顕子さんが歌ったときは、女性の心情を歌っているように歌詞が若干変わっていて、最後が「このまま死なないわ」で終わっているのだが、いずれにしても、彼女のピアノの流れるようだけれど力強い旋律と、あざやかな歌声と、この言葉とが、張りつめたように調和して、心にしみた。

さすらいを漢字で書くと「流離」となる。

さて。今日なぜ、矢野顕子さんを思い出し、「さすらい」がテーマになったかといえば、以下のような出来事があったからだ。

 

●さすらい

MOMA(現代美術館)付近のストリートには、いつも何人かのアーティストが露店を出し、自分の作品を売っている。原色鮮やかなアフリカの絵画、清澄な風景が描かれた中国の墨絵、マンハッタンの風景をとらえたモノクロの写真……。

いつもは横目で眺めて通り過ぎるのだが、ある絵画が目に飛び込んできて、足をとめた。民族衣装に身を包んだ、モンゴル人が描かれている。売り手の男性に目をやると、どうやらモンゴル人のようだ。

「あなたがこれを描いたの?」

「イエス」

「私、以前、モンゴルに行ったことがある。ゴビ砂漠が見たくて。日本から北京まで飛行機で行って、北京発の国際列車に30時間以上もゆられて、ウランバートルに行ったの」

「イエス」

……どうやら、彼は英語がよく理解できないらしい。本当は、久しぶりにモンゴルのことを話したかったのだが、かなわないようだ。

「モンゴルは、とても印象的な国だったわ」

ひとこと残し、笑顔をかわしあい、私はその場を去った。

クリスマスのネオンに彩られたマンハッタンの雑踏を歩きながら、私の心はゴビ砂漠に飛んだ。今から8年前、日本で会社勤めをしていたころ、夏休みの休暇をモンゴルに選んだ。見渡す限りの荒野というものが、どういうものなのか、実際に、自分の目で見て確かめたかったのだ。

20代のころは、よく旅をした。ガイドブックや雑誌など、旅行関連の出版物の編集者だったから、仕事での取材も多かったが、それでも飽きたらず、休暇のたびに、一人で旅をした。

一人で旅をするのが好きだった。バックパックを背負って、列車に揺られて、地球のどこかを、さすらった。

27歳でフリーランスになったときには、年に3カ月は休みを取って旅に出ようと決めた。だから残りの9カ月は休みなく働いた。そして最初に迎えた3カ月、ヨーロッパを旅した。取材で訪ねて、もう一度行きたかったところ、それに、子供の頃から行きたかったところ。パリを起点に、時計回りで地図をたどる。

安宿に泊まり、ランチは公園のベンチで鳩と一緒に。疲れたら街の教会でひと休み。西から東へ。フランクフルト、ベルリン、ライプチヒ、ドレスデン、ワイマール、プラハ、ブダペスト……。東から西へ。ウィーン、ペネチア、フィレンツェ、アッシジ、ニース、マルセイユ、フィゲラス、バルセロナ……。

無数の駅を通過し、無数の石畳を歩き、無数の鳩とランチを分かち合った。旅を始めたばかりの頃、パリのカフェで、地図とスケジュールノートを前にして、旅のプランを立てながら、ふと、茫漠とした気持ちに襲われた。3カ月という時間に。

何に拘束されることもなく、3カ月間という自由な時間を与えられたことは、初めての経験だった。多分、幼稚園に入園したその日から、学校や会社など、常に何かに拘束されてきた日々。だから、3カ月の自由が、果てしなく長い自由にさえ、思えた。

あのころの私は、「旅」そのものに、恋をしたかのように、旅を求めていた。

旅に駆り立てられた理由には、正と負の両方があった。

負の理由。満員の通勤電車から、ひたすら多忙な仕事から、未来の輪郭が描けない焦りから、自分をとりまくすべてから逃れられる時間と空間に身を投じたかった。

正の理由。未知なる世界への好奇心。それは同時に、自分自身の欲求を自覚して、本能で行動した結果でもあった。社会人となり、自活し、自分の手で得たお金は、旅に還元された。一人で旅をしている間は、寂しささえも心地よかった。緩く伸びきった時間の流れに、気ままに身を任せた。

旅の間は、少し哲学的なことも、ものすごくくだらないことも、好きなだけ、考えた。移動の列車のなかで、公園のベンチで、ただ、雲をぼんやりと眺めながら、何にも考えない時間も、たっぷり過ごした。

今日、街角で、思いがけずモンゴルの絵画を目にし、ゴビ砂漠の、見渡す限りの荒野を思い出し、もう、紀元前の昔から同じような服装で、同じ様な食事で、同じ様な住まいで生活する遊牧民の友のことを思い出し、ああ、この思い出の温もりは、かけがえがえのない、私の宝物である。

だから、耳に流れ込むクリスマスソングも、目に映る紙袋をたくさんか抱えて歩く人も、束の間、現実味を失った。

長い旅の延長線上に、今、こうしてニューヨークで暮らす自分がいる。そうだ、私は、今もまだ、さすらっている最中だったのだ。そう思うと、突然、胸が締め付けられた。

まだ見ぬ街は、無数にある。そのすべてを、一度の人生で見ることはかなわない。けれど、その広がりの存在を、認識することのすばらしさ。「見てみたい」と思う気持ちの、駆り立てられる気持ちのすばらしさ。

ニューヨークに暮らし始めて、A男と出会ってからの4年間は、一人旅をすることがなくなった。二人での旅は、もちろん楽しい。美しい光景を、おいしい料理を、分かち合えるのはうれしい。

けれど、久しぶりに、一人で旅をしてみたい。そんなことを思った。家に戻り、「さすらい」を聴いていて、さらに強く思った。心に少し、すきま風が吹く、「寂しい」という気持ちも、多分大切な感情なのだと、何となく思う。

 

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今回は、ちょっとおセンチな年の瀬でした。

今日は22日。窓の外には雪がフワフワと舞っています。いよいよ明日からマイアミ、キーウエストです。のんびりと過ごしてきます。

ホームページの大掃除をして、かなりすっきり片づけました。メールマガジンのバックナンバーも、見やすくタイトルを付けて掲載しています。ご興味のある方は、お訪ねください。

それから、8年前、モンゴルを旅した後、「モンゴル旅日記」という冊子を自費出版しました。その「復刻版」をホームページに写真とともに掲載しています。まだ更新中ですが、来年早々には完成予定です。お時間のあるときにでも、ご覧ください。

http://museny.com/salon/travel/mongol.htm

今年のメールマガジンは、これが最後です。本当は、いただいたメールの紹介特集号を発行する予定でしたが、ちょっと時間切れになってしまいました。来年は、皆様からのコメントも、もう少し掲載しようと思っています。

それでは、皆様、よいお年をお迎えください。

2001年が、光いっぱい、希望いっぱいの一年でありますように!


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