ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー

Vol. 26 1/19/2001

 


1月18日木曜日。昨日は、ワシントンDCにあるスミソニアンに行って来ました。明日20日、ブッシュ氏の大統領就任式が行われるため、ここ数日、DCは街全体がざわめいています。国会議事堂やリンカーン記念館、ワシントン記念塔の周辺は、式典やイベントのための特設会場が設けられ、通常の観光ができない状況です。

路上には、サテライト・ディッシュを備えたメディア関係の車もズラリと待機しています。式典にあわせ、ミュージックコンサートなども開かれるようです。

さて、今日は、DC取材中のエピソードなどをお伝えします。

 

●取材という大義名分のもとに、よく食べた一日。

16日火曜日は、A男が日帰りでニューヨーク出張だったので、私は彼の車を借りてDC巡りをすることができた。

まずは天気のいいうちに観光ポイントの写真を撮っておこうと、ホワイトハウスや国会議事堂、リンカーン記念館などを巡る。しかしながら、駐車場がなかなか見つからない上に、大統領就任式のための準備であちこちが臨時閉鎖されており、見学すらできない。間抜けなタイミングで取材に来たものだ。

とはいえ、観光ポイントの写真などは後日、比較的簡単に撮影できるし、情報収集にしても難しくないからと気を取り直し、「グルメ情報」充実のために、作戦変更。紹介しようと考えている店の一つで、ランチを取ることにする。

ガイドブックなどを編集・執筆していた東京時代は、その店で食べたことがないくせに、「##が絶品」とか、「シェフ自慢の***はぜひお試しを」などと、書かざるを得ないことがしばしばであった。不本意であった。しかしながら、muse new yorkは、自社出版だから、自分が本当におすすめしたいところしか紹介しない。だから、できるだけ、自分の目で、舌で確かめて、記事にしようと思っている。

というわけで、ジョージタウンという繁華街にあるシーフードの店を訪ねた。ワシントンDCには、シーフードレストランが少なくない。近隣のチェサピーク湾ではカニ(CRAB)が獲れるため、主にカニ料理がポピュラーだ。街にはカジュアルな店から高級店まで、有名なシーフードレストランがいくつかあるが、この日は運河を望む、しゃれたムードの中級クラスの店を訪ねた。

この日もまた、とてもいい席に通してもらえたので、気分がいい。まずは、スパークリングワインで喉を潤す。店を紹介するかどうか決める前に、料理を試さねばならない。ウエイターに、おすすめの料理を尋ねると、すかさず「クラブケーキ」と答える。値段の欄はマーケットプライス(時価)。「おいくら?」と尋ねると、25ドル。他の料理に比べるとやや高いが、なにしろ取材である。試さなければ。

クラブケーキ(Crab Cake)」とは、カニ肉をパン粉やマヨネーズ、卵などでつなぎ、今川焼き(回転饅頭)のような形に整え、こんがりと焼いたもの。カニコロッケに似ているが、油で揚げているわけではないので、ちょっと違う。とろりとしたバター風味のソースが決め手だ。クラブケーキはDCに隣接するメリーランド州の名物で、マンハッタンのアメリカンレストランやシーフードレストランでも食することができる。ただし、安いものは「つなぎ」ばかりが多くカニ肉が少ない場合が多い。

スーパーマーケットの食品コーナーなどで売っているクラブケーキは、あろうことか、日本人が発明した「カニかまぼこ」(アメリカにも普及している)などが代用されている場合もあるので要注意だ。そういえば、ニューヨークに来たばかりのころ、知人に誘われて出かけたメキシカンレストランで、カニの料理を注文したところ、「偽カニ」がたっぷり入った料理を出され、心底腹が立った。知人が決めた店なので、文句も言えず黙々と食べたが、実に許し難かった。

さて、この店のクラブケーキは、歯ごたえのある新鮮なカニ肉がたっぷり入っていておいしかった。付け合わせの野菜炒めが、オリエンタル風の味(醤油がきいていた)でユニークでもあった。ただ、やや塩分が強かった気がする(ホームページに写真を掲載しているの、興味のある方、ご覧ください)。

実は、去年の夏、A男のプランで、数日、DC郊外にある海辺の街に滞在した。私は「ビーチでくつろぎたい」とリクエストしていたのに、たどり着いたのは、チェサピーク湾に面した「漁村」だった。ビーチなんぞどこにもなくて、私はぷりぷりと怒り、やっぱり自分で計画するべきだったと後悔したのだが、漁村だけあり、シーフードは抜群においしかった。漁村には、漁港だけでなく、クルーザーのハーバーがあり、年輩の旅行者も少なくなかったので、おいしい料理を出す店がいくつかあったのだ。

その村で、ものすごくおいしいクラブケーキを食べた経験がある故、今回のクラブケーキを絶賛するのは難しいが、紹介するに値する店だった。ちなみに、漁村の旅の一部始終は、9月のダイアリーに掲載しています。

http://museny.com/mihosakata/mihohome/nydiarytop.htm

スパークリングワインでほろ酔い加減ながらも、マネージャーと話をし、写真などを撮らせてもらい、資料を受け取ってランチ&取材終了。酔いをさまして、再び車に乗り込み、町中を走る。予定していた写真を撮り終えたところで、5時半頃、ニューヨークから帰ってくるA男を迎えに、レーガン空港へ。

夜は、DCのはずれにあるアレキサンドリアという街で食事をとろうと決めていたので、空港から直行する。ここには、アンティークショップやしゃれたブティックが立ち並ぶオールド・タウンがあり、個人的にお気に入りの場所なのだ。以前、立ち寄ったイタリアンレストランがリーズナブルでおいしい料理を出してくれたので、そこはmuse new yorkに紹介することに決めている。

今夜は、地元の人たちに人気のあるフレンチビストロにトライする。以前来たときは週末だったこともあり、長蛇の列で入れなかったから、ぜひとも試したかったのだ。この店のおすすめは「ポトフ(Pot Au Feu)」。大きな皿に、ジャガイモやチキン、ビーフ、ニンジンなどがごろごろと転がり、薄味のスープが薄く張ってある。脇にはディジョンのマスタードがたっぷり。

見た目も味わいも、なんだか「おでん」だ。そう考えると、急におでんが食べたくなった。おでんの方がおいしいかも、などという妙な比較をしてしまっていけない。もう一皿は、ロックフィッシュという白身魚のサフランソースかけ。こちらは適度なこくがあり、かなりいいお味。

この店は料理よりもデザートが印象的だった。アップルタルトを勧められたのだが、「クープ・ロワイヤル」を頼んだ。パリッとした薄いパイ生地をお皿に見立て、その上にこくのあるバニラアイスクリーム、更にその上に、新鮮なブルーベリー、ストロベリー、ラズベリーなどのベリー類がたっぷり。クリーミーな生クリームが添えられている。甘酸っぱさがほどよくて、とってもおいしかった。

よく食べた一日だった。

 

●スミソニアンにてミュージアム巡りの一日。

昨日は地下鉄でスミソニアンへ行った。国会議事堂やワシントン記念塔のある「モール」と呼ばれる広大なエリアに、スミソニアン協会が運営する9つの美術館や博物館が点在しているのだ。

スミソニアン協会とは、イギリス人科学者のスミソニアンが、19世紀初頭、自分が訪れたことのない新国家アメリカに、自らの莫大な私財を贈ったことにより誕生した。

すべてのミュージアムを一日で訪れるのは無理なので、興味のあるところだけ、ゆっくりと巡ることにする。

まずは、協会の本部であるお城のような建築物に入り、インフォメーションをもらう。受付の年輩の女性に「チケットはいくらですか?」 と尋ねると、「無料ですよ」という。こんなにたくさんのミュージアムを、無料で好きなだけ見られるなんて! と一瞬、驚いた。欧米には無料で入れるミュージアムは少なくないが、たいていドネーション(寄付金)を募るための募金箱のようなものが設置されている。

無料だと言われると何だか気になり「ドネーションは受け付けていらっしゃるのですか?」と尋ねる。するとその女性はにっこりと微笑んで、

「このミュージアムの7割強は税金から成り立っているんですよ。残りは個人や企業などのドネーションや、物販などから収入を得ているんです。もしも、寄付をしてくださるのでしたら、あちらのカウンターで問い合わせていただけますか?」

手続きをしてまで寄付をすることもなかろう、今のところは、と思い、彼女にお礼を言って立ち去ったが、それにしても、このような施設に、誰もがいつでも気軽に立ち寄られるというのは、本当にすばらしいことだ。税金、つまり国会から支出された予算で運営されているのである。

まずは「航空宇宙博物館」に足を運ぶ。アポロ11号やら、零戦やら、ライト兄弟の飛行機やら、あれこれとストーリー性の高い展示物を見て回る。いろいろあったが、印象的だったのは土星の輪の美しさ。それと、先日、トム・ハンクス主演の映画「アポロ13号」のビデオを観たばかりだったのでアポロの宇宙飛行士たちが身につけていた衣類や備品などの展示はとても興味深かった。

それにしても、マンハッタンのミュージアムでもそうだが、課外授業に訪れている子供たちがたくさんいるのが印象的だった。私も子供のとき、こんな所に気軽に来られたら、もっと違った視点を持って成長過程を過ごせただろうな、とも思った。

ノートを手に手に、自分の好きな展示の前でメモを取ったり、友達同士で討論し合ったり、それはそれは生き生きとしている。普段は「子供はうるさいから嫌い!」なんて思っている私だが、いつもと違い、温かい視線で子供たちを眺めた。

航空宇宙博物館はそこそこに、私が最も興味のある「国立絵画館」に向かう。建物と建物の間の距離がかなりあるので、随分歩かねばならないが、いい運動である。国立絵画館は、スミソニアンの管轄とは別に国が管理している美術館だが、他のスミソニアンのミュージアムと同じ敷地内にある。

マンハッタンのメトロポリタン美術館と違い、観光客が少ないので、館内はとても静か。ゆっくりと自分の好きな作品を眺めることができる。イタリアの宗教画、17世紀のフランダース(フランドル)絵画、19世紀フランスの絵画、いずれも興味深いものばかり。中でも、ルーベンスの「ライオンの穴の中のダニエル」や、クロード・モネの「日傘を差す女」などが印象的だった。

たまたま、アール・ヌーボーの展示会を今月28日までやっていたので、そこものぞいてみた。日本でもおなじみのエミール・ガレのランプや、アルフォンス・ミュシャの絵画をはじめ、昆虫を模したアクセサリーや、植物をモチーフにしたなめらかな曲線が美しい家具調度品の展示も充実していた。

アール・ヌーボーに影響を与えたものとして、日本の蒔絵や印籠、着物、また広重の日本画なども展示されていた。日本画の、くっきりとした太い線、平坦に塗られた色彩などは、アールヌーボーのアーティストたちだけでなく、ゴッホをはじめとする印象派の画家たちにも影響を与えたことは、よく知られている。

噴水が美しい中庭で、ゆったりとランチを取る。白ワインにクロックムッシュ(ハムとチーズ、それにディジョンの粒マスタードが挟まったホットサンドイッチのようなもの)、それに新鮮なサラダ。美術館内ながらも食事は想像以上においしくて、幸せな気分だった。

4時間ほどをこの美術館で過ごし、最後に本やポスターを購入した。この美術館は、折を見て、これからも頻繁に足を運びたいと思った。

私は、西欧絵画に対し、特に明るいわけではないが、それでも欧州各地を旅して、さまざまな美術館に足を運ぶ機会があり、若干の知識は身に付いている。そのたびに思うのは、キリスト教、つまり聖書を理解していると、絵画が断然おもしろく感じられると言うこと。加えてギリシャ神話も大切な要素であろう。

私は幼いころ、本を読む(見る)のが好きだった。今の私に大きな影響を与えてる書物・画集がいくつかあるのだが、その一つに、両親が自分たちのために買っていた「西洋美術全集」がある。重たいが故に、本棚の最下段に並んだその全集を、3、4歳のころの私は、絵本を眺めるように、見た。

あるときはサルバドール・ダリ、あるときはマルク・シャガール、あるときはピーター・ブリューゲル……。もちろんその時は、アーティストの名前や技法など、わかるすべもない。ただ、自分を取り巻く日常では見受けられない奇妙な光景や、ヨーロッパの人々の服装や、緻密な筆致で描かれたお城など、絵画に現れるさまざまなものに心を奪われた。これは、いったい、なんなのか、と。

そのころの経験が、今の私の嗜好や行動に影響を与えていることは、25歳を過ぎたころに自覚し始めた。「三つ子の魂、百まで」の言葉通り、吸収力抜群の幼少期に見聞きした事柄は、その後、大きな影響を及ぼすのだなと、身を以て感じる。

明日、土曜日もまた、今度はA男も一緒にスミソニアンに行く予定。恐竜の骨やアフリカ象の剥製などがある「国立自然史博物館」を訪ねてみようと思う。


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