ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー

Vol. 36 4/7/2001

 


4月1日にサマータイム(夏時間)に変わって以来、一気に日が長くなりました。ニューヨークの気候は、このあたりから急に変化を見せ、束の間の春を経て、瞬く間に夏になります。

5日木曜日は、ワシントンDCの桜が満開日とされていたので、お昼頃、地下鉄に乗って出かけました。幸いお天気に恵まれ、暖かく、すばらしい日和です。桜並木のあるタイダル・ベイスン周辺とスミソニアンのあたりは、平日にも関わらず、たいへんな人出でした。

満開の桜並木が続く湖畔を歩く人、ベンチでホットドックを頬張る人、芝生の上にランチボックスを広げる家族……と、みな幸せそうに午後のひとときを過ごしていました。近くのビルで働いている人たちも、桜を見に来ていたようです。

本当は今日、土曜日あたりが一番きれいなはずだと見込んでいたのですが、あいにくの曇天。今にも雨が降り出しそうなので、今日は外出を中止し、A男と私は朝から仕事をしています。明日、日曜日は晴れて欲しいものです。

ところで、最近、私たちの間で「ラケットボール」がブームです。このアパートメントのジムに、ラケットボールとスカッシュボールのコートが併設されているのです。黙々とマシンに向かうより、ボールを追う方が楽しくて、はまっています。一人でもできるところがいいですね。

 

●春、タックス・リターンの季節。

まもなくタックス・リターン(納税のための所得申告)の締め切りだ。日本にいたころも、フリーランスをしていた時期があったので、確定申告は自分でやっていたから、個人的に戸惑うことはなかったが、それでも、国民全体がタックス・リターンに向かってエネルギーを注いでいる傾向というのは新鮮だった。

自分自身で申請用紙に記入して申告する人も多いようだが、私のように専門家に依頼する人も少なくない。最初の年、会社の会計を頼んでいる例の会計士さん(小数点以下含めて3桁発言の人)に、依頼しようと思ったが、

「坂田さん、ぼくに頼むと手数料が高くつくから、H&Rに頼みなさい」という。

H&Rというのは、全米規模のアカウンティングのチェーン店で、マンハッタンにもいくつかの支店が点在している。そこに、W-2フォームと呼ばれる給与証明みたいなものと、銀行から来るステイトメント、いろいろと経費として計上できる領収書を持っている人はそういう書類の一切を持っていく。

それぞれの支店には、何名かの契約社員がいるので、適当に手の空いている人に担当になってもらい、適宜、必要事項をコンピュータ入力してもらって、資料を作成、還元される税額などを算出してもらう。

初めて申告した1998年は、あれこれと新規情報を入力するのに時間がかかったが、その後はコンピュータにデータが残るので、年々、作業時間は短縮される。さらに、以前は、作った資料をすべて期限までに「郵送」しなければならなかったが、少なくともH&Rでは、昨年からオンラインでデータを送付すればよくなったから、作業がずいぶん手早く終わり、気が楽になった。

毎年、この時期になると郵便局には長蛇の列ができる。このような大切な書類は書留で送らなければならないからだ。郵便事情が悪いアメリカだから、万一紛失されでもしたら、面倒なことになる。

わたしは何にせよ物事を「ぎりぎりになってする」ことが嫌いなので、そこそこ早めにすませるのだが、そうでない人はたくさんいるらしく、マンハッタンで唯一24時間空いている郵便局(パルテノン神殿風のゴージャスな建物)には、最終日、血相を変えた人たちが押し寄せるという。

あらかじめ、期限に遅れるという旨を届け出ていれば、何日かの猶予がもらえるらしいが、それをせずに遅れると、なんらかのペナルティがあるらしい。詳しくは調べていないのでわからないが。

さて、アメリカ人は、税金が自分の収入からいかにたくさん徴収されているかが、身にしみてわかっているから、税金の行方にも注意が向く。ひいては税金をどう使ってくれるのか、それを左右する政治家に対する期待や要求も多い。だから、政治にも、自ずと熱心にならざるを得ない……といった図式があるようだ。

日本も、アメリカにならった所得申告のシステムを取り入れようという動きがあるとの新聞記事を読んだ。それにより、政治への参加意識を高めようと言うのが狙いらしい。そういえば、サマータイムを導入するという話もあったような気がするが、あれはどうなってしまったのだろう。

 

●春、ニューヨーク生活5周年を迎えて、思い出したこと

あれは、ニューヨーク行きを間近に控えた1996年3月のこと。東京の表参道を、私はいつものように、足早に歩いていた。出発を目前にして「稼ぐだけ稼いで旅立つぞ」と気合いが入っていたから、1日に何本も取材の予定を入れて、それこそ飛び回るように仕事をしていた時期だ。

コートの裾を春風に翻しながら足早に歩く私に、すれ違いざま、サラリーマン風情の若い男性が声をかけた。

「あの、す、すみません……。ちょっとよろしいですか?」

「えっ? 何でしょうか?」

「いや、わたくし、実は占い関係の勉強をしていて、近々、開業しようと思っている者なんですが……」

「あ、私、そういうの、興味ありません。それに急いでるんです。壺とか、そういうものも、買いませんし。他の方に声をかけたらどうです」

そう言って立ち去る私に、さらに彼はすがるように言う。

「いや、違うんです、ちょっと待ってください! あなたの『ガンソウ』が、余りにも珍しいから、ちょっと、お話ししたいんです、待ってください!」

ガンソウ? なによそれ。それって顔の相と書いて「顔相」ってこと? しかも、珍しいってどういうことよ。顔相が「いい」と言われれば、「また調子のいいこと言って、人を引き留めて」と思うところだが、「珍しい」と言われると振り切って立ち去るには心残り。第一、それは「いい」のか「悪い」のかわからないし。

足を止めて振り返る。

「どういうことなんです? 珍しい顔相って?」

彼はおどおどとしながらも、講釈を始める。説明が要領を得ず、いまひとつ具体的にどう珍しいのかがわからない。が、とにかく、「額から青白い光が出ている」のが見えるらしい。まあ、ニューヨーク行きを控えて熱血していた時だったから、青白い光の三筋や四筋、出ていても不思議はないなと思いながら聞く。

「あの、手相を、ちょっと見せていただいていいですか?」

鞄を歩道に置き、両方のてのひらを、彼に示す。

「あなたは今、人生で二度目の大きな転機を迎えています。それに、今年、あなたには『縁』がありますね。ものすごく強い『縁』です。ああ、それにあなたは、『使命』を持っていらっしゃる……」

二度目の大きな転機。確かに彼の言うとおりだ。一度目の大きな転機は、自分でも自覚している。そして私はこれからニューヨークに行き、これが二度目の転機になることは間違いない。当たってる、当たってるぞ、新米占い師! と思いつつも、気になるのは『縁』。

「ねえ、その『縁』って、男性との縁のこと? 恋愛の縁ってこと?」

「いや、ちょっとそこまではわかりませんが……、とにかく強い縁があります」

「え〜、男性との縁じゃないの? もうちょっと具体的に、わからないの?」と、てのひらをしっかりと広げて彼に示す。

「いあや、『強い縁』ということしか、わかりません」

「じゃあ、それは『いい縁』なの? 『悪い縁』なの?!」

「多分、いい縁だと思います……」

無理矢理言わせた感もあったが、いやなこと言われるといやな気分になるから、強引に「良縁」で締めくくってもらった。

その後、ちょっとした世間話をしたあと、彼は、私に名刺を残し、

「お時間をいただき、ありがとうございました」といって、去っていった。

今思えば、それから1カ月後に渡米し、3カ月後にA男と出会った。結局ニューヨークとも、A男とも、強い縁で結ばれているには間違いない。あの占い師の言葉は、おおむね当たっていたように思う。

 

●春らしく、めでたい話題をひとつ。

いつ書こうかと思いながら、3カ月が過ぎてしまった。皆様、すでにおなじみのA男と私は、7月に結婚することになった。こんなことを、見知らぬ不特定多数の読者の方に報告するのは、妙な具合に照れるものだ。

出会って以来、7月でちょうど丸5年になる。もう、だいぶん前から、お互いずっとこの先、一緒にいるだろうと思っていたし、結婚することになるだろうとは思っていた。

ただ、出会った当時はマンハッタンで働いていた彼が、フィラデルフィアのMBAに通い始めたり、卒業後はワシントンDCに勤務が決まったりと、身辺がなかなか落ち着かず、いろいろなことが決められずに来ていた。

今年に入ってから具体的に結婚の話をし始めて、お互いの事情がかみ合わず、何度も大バトルを展開した。「結婚=同居」を主張する彼と、ニューヨークを離れる気がない私。それでも何とか互いに譲歩しあい、ひとまずは近々籍を入れ、7月にインドで結婚式をすることになった。

最初は取りあえず、籍だけを入るつもりだった。ただ、私としては、「ウエディングドレスが着てみたい」という、ちょっとばかりミーハーな願望があったから、ハワイかどこかで、ごく身近な家族だけで結婚式とパーティーをするのもいいかなと思っていた。

A男はハワイ案を気に入って、「じゃあ、ハワイで結婚式をしよう」ということになった。どこか小さな教会で式を挙げたあと、のんびり休暇を楽しもうと、適当な場所をインターネットで探す。いろいろと調べ上げたデータをA男に示したところ

「えーっ? どうしてキリスト教の結婚式をするの? 僕はヒンズー教徒でミホは仏教徒でしょ? 何言ってるの? ウエディングドレスだなんて。バーカー(ここだけ日本語)」

「何言ってるのって言いたいのは私の方でしょ? いったいどこの誰が、ハワイでヒンズー式やら仏式の結婚式を挙げるのよ?!」

「とにかく、僕は結婚式をするなら、ヒンズー式でするから。そんなにウエディングドレスが着たければ、一人で着れば?」

何という憎々しさ。しかし、彼の言うことにも一理ある、というよりは、全面的に正しいから文句がつけられない。何ゆえにヒンズー教徒と仏教徒がキリスト教式の結婚式を挙げる必要があろうか。

そういういきさつもあり、どうせヒンズー式でやるなら本場がいいだろう、ということになり、じゃ、私はまだインドに行ったことないから、いい機会だしインドで式をしよう、という運びになったのだ。

いったいどんなことになるのやら、かなり楽しみである。なんでも、新郎新婦は火の周りをぐるりと回ったり、参加者みんなで阿波踊り風のダンスをしたり、新婦は新郎の親戚に、甘い饅頭のような菓子を口に押し込められるらしい。おもしろい体験ができるのには間違いなく、実況中継をしたいくらいだ。

このメールマガジン、一応は、会社のホームページから派生しているので、A男とのやりとりは時々取り上げてきたものの、プライベートの詳細は深く触れずにいた。

ただ、この5年間を顧みるに、彼との関わりの中で体験した、ユニークな出来事は数知れない。彼の家族、彼の習慣、考え方、動向など、私の胸の中にしまっておくには惜しいくらいだ。今後はそういうエピソードも、少しずつ書き残していこうと思う。


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