ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー

Vol. 40 4/24/2001

 


今日は月曜日。DCでの取材を終え、今、夕方の5時頃です。ジョージタウンに来ています。デミ・ムーアとか、ロブ・ロウが出ていた「セント・エルモス・ファイヤー」(1985年)という映画をご存じでしょうか。鈴木保奈美や江口洋介が出演していた「愛という名のもとに」というドラマが、思い切りこの映画のコンセプトを模倣していたことでも、話題になりました。

「セント・エルモス・ファイヤー」で、主人公たちが通っていた大学が、この街にある「ジョージタウン大学」です。私も最近知りました。

まるで真夏のように暑い中、あちこちを歩いたので、すっかりのどが渇き、今、カフェでビールを飲みながら、コンピュータに向かっています。車で帰らねばならないので、アルコールが抜けるまで、しばらくこのカフェに居座ろうと思っているところです。

冷たいビールが飲みたかったのに、どのビールもぬるくて、仕方なく氷を入れて飲んでます。最低。

それでは、シーフード三昧の話から。

 

●DCでの日曜日。魚市場でカニ1ダースほか、ショッピング

真夏のような太陽が照りつける今日、ワシントン記念塔やスミソニアンのミュージアム群が並ぶ「モール」のエリアに出かけた。タイダル・ベイスンを取り巻くように咲き誇っていた桜は、わずか2週間のうちにすっかり散ってしまい、鮮やかな緑に包まれている。

DCは、建築物の高さに規制があり、高層ビルがないから、太陽の光を遮る物が何もなく、頭上にさんさんと降り注ぐ。芝生の緑地帯があるモールでは、大勢のワシントニアンたちが日光浴をしたり、フリスビーをしたり、散歩したりしている。

それぞれのミュージアムの周囲には、美しい春の花が咲き乱れていた。外壁に沿って藤の花が上品な紫色の花を付けているかと思えば、黄色や紫のパンジー、真っ赤なチューリップが花壇を埋め尽くしている。遅咲きの八重桜や、桃に似たピンク色の桜もあちこちで咲いている。この季節が、最も美しい時期なのだろうなと思いながら、散策する。

本日の目的地は、スミソニアン内の「フリーア・ギャラリー」と「サックラー・ギャラリー」。共にアジア美術を所蔵した美術館だ。

ジャパニーズのコーナーには、平安や室町時代の屏風画や鎌倉時代の仁王像、広重の富士山などのほか、美しい装飾が施された蒔絵風の硯箱や陶磁器などもある。中国美術もコリアン美術も、いずれもすっきりと美しく展示されていて、見物客も少なく、非常にくつろいだ雰囲気で鑑賞できた。

「仏陀」のコーナーでは、日本、インド、パキスタン、中国、ネパールなど、仏教の影響下にあった国々の仏陀の像が展示されている。当然ながらその国によって、仏陀の表情が異なるのがおもしろい。特にパキスタン(作られた当時はインド)の仏陀は非常に彫りが深く、目鼻立ちが美しいハンサムで印象的だった。

美術館の見学を終えたあと、車に乗り込み、魚市場に立ち寄る。先日、桜見に行った帰りに、偶然、タイダル・ベイスンの東側に見つけたのだ。前回来たときよりも、すべての店頭がやけに低い位置にあるなあと不思議に思っていたら、港に繋留された船の上に店が連なっていることに気づいた。潮の満ち引きによって、店頭が高くなったり低くなったりしていたのだ。

周辺は、安くて新鮮な魚介類をに入れようと、大勢の人たちで込み合っている。白人やアジア人の姿は少なく、なぜだか黒人客が大半だ。一画では、DC名物のカニの屋台も出ていて、蒸し立てをおいしそうに食べている人たちもいる。エビやオイスターの屋台も出ている。

私たちは、今夜、カニを調理しようと決めていたので、メスのラージサイズを1ダース購入した。紙袋に入れられた生きたままのカニが、がさがさと音を立てる。そのほか、エビやイカ、サーモンにヒラメ、チリアン・シーバス(銀だら)など、相変わらずお気に入りのシーフードを買い込んだ。ここ数日はシーフード三昧である。

魚市場で買い物を済ませたあと、家の近所のスーパーマーケットで野菜などを買い、帰路に就く。まずはジャガイモをアルミホイルに包んでオーブンへ。新鮮なトウモロコシも、皮を剥いで、オーブンに入れる準備を整える。

そのあと、A男を呼んで、家庭科の授業を始める。イカを開いて、軟骨やワタ、カラス口の部分を取り出したり、インクを潰してみたり、エビの背ワタを取ったりと、比較的、和気藹々と下準備をする。しかし、二人とも、背後でガサガサ言っているカニのことが気になって仕方がない。この期に及んで、「生きたまま蒸す」ことに、少しばかり怖じ気づいているのだ。

1ダースもあるから、二つの鍋が必要だ。一つは簡単に塩だけをまぶし、もう一つは市場で買ってきたスパイスをまぶして蒸すことにした。スパイスは南アメリカのケイジャンスタイルで、塩とパプリカと、各種スパイスが入ったもの。アメリカのカジュアルなシーフードレストランでは、たいていこのスパイスをまぶして蒸したカニを出す。

「スパイス」としか書いていないので、具体的に何が入っているのかわからないが、何となく「サウナの湿気を帯びた木肌」の匂いがする。こう書くとまずそうだが、なかなかおいしいものである。

さて、その他の下ごしらえが済み、パンを切り、トウモロコシもオーブンに入れ、あとはカニを蒸すだけとなった。A男に、

「もう、お湯は沸いてるから、このザルの上に6匹ずつ入れて」

と頼む。

「いやだなあ、生きてるのに、いやだなあ」

とぶつぶついいながらも、紙袋を開く。軍手などがあればいいのだが、気の利いたものがないので、タオルで手をくるんで、1匹ずつ、つまみ出そうとする。

しかしながら、余りにも生きがいいので、おとなしく鍋に入ってくれない。2、3匹が絡み合いながら出てくるかと思えば、はさみで攻撃をしかけられるし、その隙に紙袋の端を破って脱出し、オーブンの下に逃げ込むカニもいるわで、もう台所は大騒ぎである。

それでも何とか、すべてのカニを鍋におさめ、スパイスや塩を降り、蓋をする。20分蒸せばできあがりだ。

ジャガイモはホクホクと、トウモロコシは香ばしく焼けた。カニもきれいに蒸し上がった。「まだ生きてるんじゃない?」と恐れていたA男も、私が一匹目を解体して食べ始めると、手をのばした。

あつあつのカニは、オレンジ色の卵とミソがたっぷりと入っていて、カニ肉も歯ごたえがあり、もう、相当においしい。アメリカに来て食べたカニの中で、一番おいしいかった。時々、思い出したように「おいしいね」といい合いながら、あとはひたすら無言でもくもくと食べる。

カリフォルニア・ソノマ産の「Piper Sonoma」という安くておいしいスパークリングワインも開けていたのだが、飲み物にはちっとも手が伸びず、ひたすらカニ三昧だった。また今週末も同じメニューに走ってしまいそうである。

 

●アメリカの新聞でとりあげられた日本の総裁選

4月20日付のウォールストリート・ジャーナルのインターナショナルの覧に、日本の総裁選(橋本龍太郎氏対小泉純一郎氏)に関する記事がとりあげられていた。新聞の4分の1面のスペースにコラムが設けられ、その半分は大きなイラスト。橋本氏と小泉氏が向かい合い、前者がクリーム、後者が櫛を持っている図だ。

見出しは

"To Win Japanese Vote, Use Your Head"

小見出しは "Is Shiny Hair Retrograde? Can the Dry Look Save the Economy?"

とある。

「日本の選挙で勝ちたいなら、頭を使え!」

「テカテカ・ヘアーに逆戻りか? ドライなルックスが経済を救うか?」

とでも訳しようか。ちなみにRetrogradeとは、後退、退化、逆戻り、といった悪い意味合いを持つ。

この記事は、橋本、小泉両氏のヘアスタイルを軸にして、彼らの人となりを評しているのだが、アメリカ人新聞記者の嫌みで皮肉な視点がそのまま記事になっている。ユニークでおもしろいといえばそれまでだが、日本人としては複雑な思いで紙面に目を通した。

記事は「日本の総裁選は"hairy"になりはじめた」という一文で始まる。hairyとは、「毛深い」とか「毛だらけ」とかいう意味を持つと同時に、「ぞっとするほど危険な、困難な」という意味もある。この場合、掛詞として表現しているのだろう。

「ベートーベンを思わせるウェーブのかかったヘアスタイルの小泉氏は、20年来、同じ理容室を使っている」に始まり、「橋本氏はかつての仕事に戻りたがっている」という記述のあと、簡単な政治的バックグラウンドと選挙の状況が述べられ、再びヘアスタイルの話が始まる。

もう何十年も、日本の政治家やビジネスマンは、ヘアスタイルをポマードでかっちりとかため、櫛でなでつけている。匂いはきついし、枕は汚れるしで主婦たちからの評判は悪いが、そのヘアスタイルは知的でこぎれいに見られる唯一の方法だ、ともある。

橋本氏はポマードを使っていると言われているが、実際には「ヘアクリーム」(資生堂のアウスレーゼ)を愛用しているとのこと。そのわりにテカテカに光りすぎていることに対し、資生堂の広報担当者が、「塗れば塗るほど、輝きが増す」とコメントしている。また、ある日本の週刊誌では橋本氏をして、「teka-teka」「nume-nume」と評されていることなど、どうでもいい話が続く。

さらに、小泉氏専属の理容師が、「あんなにカッチリとオイルで髪を固めるなんて、昔のサムライみたいですよ」というコメントも見られる。

橋本氏は剣道の愛好者で、小泉氏は、ロックバンド「Xジャパン」のファンだともある。

最後に、65才の、髪を茶色に染めた主婦が「私はオールバックの固めた髪型は嫌い」「だって不自然で無理があるんだもの」「そもそも、彼の人生にも無理があるわ。あんな年寄りたちは、さっさとリタイアすればいいのよ。さもなくば、日本は変わらないわ」というコメントで締めくくられている。

深刻な記事の合間の、笑いを誘う「つまみ」のような記事にされてしまっている日本の総裁選。やっぱり、いやな感じである。

 

●ダイヤモンドを巡る旅:その1

エンゲージメントリング(婚約指輪)。これまでの人生、まるで無関心に生きてきたのだが、せっかく結婚するのだし、安くてもいいからちょっとした指輪は記念に欲しいものだと、半年くらい前までは思っていた。

ところが、数カ月前より、エステティックサロンのSさんをはじめ、かつてエメラルドのバイヤーをやっていて、宝石に詳しいHさん、そしてわが母親らの意見を聞くにつけ、心が揺らいできた。

Sさんは、「絶対、ダイヤモンドがいい」と力説し、ダイヤモンド関連の情報を教えてくれる。Hさんは、「買うなら絶対1カラット以上がいいから。私はダイヤを卸値で買えるから、コーディネートしてあげるよ」と言ってくれ、母は「美穂、せっかくだったら、買っていただきなさい」と言う。

「せっかく」も何も、そもそもA男には、まったくそんなつもりはないのだ。以前も記したが、彼は18歳までインドに暮らしていたから、バレンタインデーも知らなかったし、婚約指輪の存在すら、多分、よく知らないはずだ。しっかりと作戦を練る必要がある。

ある土曜日の午後、レストランでブランチを食べながら、さりげなく話を切り出す。

「ねえ、婚約したら、指輪を女性に贈らなければいけないんだよ。それは愛の象徴だから、最も強い貴石であるダイヤモンドでなければいけないんだって。知ってた?」

「知らないよ。そんなこと。宝石会社のコマーシャルに乗せられているだけのことでしょ。インドではそんなこと、しないよ」

「あら、なに言っているの? この間、あなたのおじさんも、結婚指輪をしてたじゃない。結婚指輪があるということは、婚約指輪も存在するはずよ」

「そうかなあ。違うと思うけど。僕のお父さんはしてないよ、指輪」

「それでね。婚約指輪って言うのは、だいたい、月収の3倍なんだって」

「えーっ? 何だよそれ。誰が決めたんだよ、3倍なんて。それって税引き前の話? それとも税引き後?」

こちらは、額面の3割近くが税金に引かれるから、それは重要なポイントなのだ。

「もちろん、税引き前に決まってるじゃない。あ、でも気にすることはないのよ。私、そんなに高価なものを欲しいなんて言ってないし。私たち今までずっと割り勘だったし、あなたに何かを買ってもらうのも、なんとなく気が引けるしね」

そういいつつも、ブランチをすませ、街をふらふら歩きながら、なぜか私の足は五番街、57丁目の「ティファニー」に向かっている。店の前に来て、いかにも偶然見つけたかのように言う。

「あ、ティファニーだ。ちょっとのぞいてみない? 別に、今、指輪を買ってくれって、言ってるんじゃないの。マーケティングよマーケティング」

疑惑の目を向けるA男の手をひっぱり、店内へ。週末のティファニーは一段と込み合っていて、熱気に満ちあふれている。すでに下見しておいた婚約指輪コーナーへ行く。A男に見せておきたいものがあるのだ。人混みをかき分け、ショーケースの中を彼に示す。キラキラと輝く大小のダイヤモンド。中央に、小さな表示がある。

「Tiffany's Diamond. Engagement Ring. $950 to $1.1 million」

(ティファニー製ダイヤモンド 婚約指輪 約10万円から約1.3億円)

A男、目が点になり硬直している。

「なんなの、1ミリオンって。指輪に1ミリオン??」

興奮を隠しきれず、私に耳打ちする。そして冷静になってまわりを見回す。若いカップルが、大粒のダイヤを試している姿を見て、急に競争心を燃やしている様子。予想通りの反応だ。

「ねえ、あの男、ぜんぜん冴えない感じなのに、あんなダイヤ買えるのかな? あっ、あそこにいる日本人のカップルなんて、大学生みたいだよ。彼らも買うのかな? 信じられないな」

確かに、私も信じられない。今まで宝石などにお金を使ったことがないから、ピンとこないのだ。A男は、急にのどが渇いたといって、一旦外に出て、ベンダー(屋台)でボトル入りの水を買い、喉を潤して戻ってきた。

他の店に比べ、ティファニーは日本人好みのシンプルなデザインが多い。アメリカ人は、ごてごてしたジュエリーが好きだから、婚約指輪にしても、やたらと爪が高くて「これみよがし」のものが多いのだ。真珠などにしてもそう。以前、ミキモト・アメリカの社長をインタビューしたことがあったが、アメリカと日本とでは、全く異なるデザインが好まれると聞いた。

こちらの新聞や雑誌にもミキモトの広告をよく目にするが、ビー玉のような大粒の真珠が、二連、三連になったもの、ゴールドやシルバーの装飾が施されたものなど、奇抜なデザインが紙面を飾っている。

私は指輪にしろネックレスにしろ、大きめのものが好みだが、それでも、五番街などのショーウインドーで、これでもかというくらいに過度に華やかなジュエリーを見るにつけ、嗜好の違いを痛感させられる。

さて、ティファニーの最新デザインだというシンプルですてきな婚約指輪を試してみる。大きいのを試すのは心臓に悪いから、最小サイズから3番目ほどのものを指さし、ショーケースから取り出してもらう。

指につけながら、さりげなく値札をのぞく。A男ものぞく。こんなに小さいのに、かなりのお値段……。店員の手前、僕らは買おうとしているという姿勢を見せなければならないから、ダイヤモンドのしおりなどをもらい、積極的にダイヤモンドの品質などについて質問をする。

二人して、かなり消耗して店を出た。しかしながら、A男の脳裏に、「婚約指輪はダイヤモンド」という刷り込みがなされたことは、間違いないだろう。第一段階、ほぼ成功である。

ダイヤモンドを巡る旅は、まだまだ続くので、ひとまずはこの辺で一旦、終了したい。


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