坂田マルハン美穂のNY&DCライフ・エッセイ

Vol. 59 11/21/2001

 


今日は20日火曜日。今週は後半からサンクスギビング・ホリデーだということもあり、急ぎの仕事もなく、比較的穏やかな数日を過ごしています。昨日は昼間から読書をしつつワインを飲み、眠たくなって昼寝をするという幸せなひとときを過ごしました。

早春もしくは晩秋の、少し寒い季節の昼寝って、すごく気持ちがいいものです。経験のある方、いらっしゃると思うのですが……。

傾きかけた日差しがブラインド越しに柔らかく部屋に降り注ぐのを感じながら、目を閉じる瞬間。ヒンヤリとした木綿のシーツと、ブランケットのカバーが何とも心地よく、そんな風に週末の午後を過ごしたことも少なくありません。

でもそれを昨日のように平日やると、何となく「罪悪感」があって、夜、遅くまで起きていて、急ぎでもない仕事をしたりしています。ちょっと貧乏性ですかね。

昨日は学生時代に読んだ椎名麟三の「永遠なる序章」という本を読み返しました。思い切り気分が滅入りました。でも、時にはこんな風に、現在の日本人には想像もつかないほど陰惨で重苦しい時代を描いたどんよりとした小説を読むことで、自分が救われることもあります。

自分の目先にある辛いことやいやなことを、しばし忘れさせてくれる、あるいは緩和させてくれる効果もあるわけで……。「私の痛みなど、この登場人物に比べればなんと些細なこと」という具合に。ちょっと不健全なやりかたですけどね。

 

●「今年もマラソン走りました。」という読者からのメールがうれしかった

神戸に住んでいらっしゃる読者の方が、メールをくださった。確か去年の今頃も、ニューヨークシティマラソンに参加なさって、その旨を知らせてくれたのだ。しかしその時よりも、今回の方がずっと、うれしく感じられた。以下はそのメールの一部だ。

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件名にも書きましたが、迷った末に今年もNYへ走りに行きました。神戸在住の私にとってはグランドゼロの近くへ行くと震災の時とだぶって 辛かったですが、たまたま私が行った所だけだったかもしれませんが、思った以上に街や人には活気があったように感じました。

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飛行機が怖いだの何だの言って、ぐずぐずした気分でいた自分が少し情けなくなった。ニューヨークを愛する者としては、超微力ながらも、たとえば日本でこのメールマガジンを読んでる読者の人たちが、テロ以前のように「ニューヨーク旅情」を抱く心境になるよう、ニューヨークのよさをアピールせねばと、またもやジュリアーニ市長になりかわって、思ったりもした。

さて、いよいよ今週後半はサンクスギビング・ホリデー。「どこに行こうか?」と口先ばかりで、無計画のまま休暇が目前にまで来てしまった昨日、月曜日。A男は同僚がラスベガスに行くだのフロリダに行くだのという話を聞いて、急に触発されて、どこか遠くへ行きたいと言いだした。

今ならロンドンへも数百ドルで行ける。

しかしながら、こんなぎりぎりではチケットを受け取るタイミングが危うい。第一、インド人であるA男は、ヨーロッパはおろか、隣国カナダに行くのにさえ、いちいち渡航ビザを取る必要があるのだ。発作的な海外旅行はできない。

郊外へドライブへ行こうか、温泉リゾートへ行こうか、と夕べあれこれ相談した挙げ句、「ニューヨーク観光」することにした。「何だ、それは」という気もするが、この時勢、まずはニューヨークに住む自らが、ニューヨークを観光して雰囲気を盛り上げようではないかという心境に達したのである。

早速、各種チケットの手配を始める。人気のミュージカルも、今は観光客が少ないからチケットは取りやすいと聞いていたが、見てみたい「ライオンキング」や「プロデューサーズ」「アイーダ」は完売。何とか「コンタクト」のチケットを手に入れた。それと毎年行きそびれていたクリスマスシーズン恒例の、ニューヨークシティバレエによる「くるみ割り人形」のチケットも購入。

10月、家族が渡米することを予想して購入していたディナークルーズのチケットを、クーポン化してもらっているのだが、それもひょっとすると使うかもしれない。でも、マンハッタンの夜景を見て、余計に沈み込んでしまうことになるかもしれないから考え中だ。

マンハッタン島の南端を巡るディナークルーズで、ワールドトレードセンターが見られないのは、何とも寂しいものだから。

 

●これからの季節、アメリカの乾いた空気と強烈な暖房が肌を激しく傷める

日本にいる頃は、とりたてて自然志向でもなく、日用品や食料品を購入するにも、明らかに身体に悪そうだと見受けられる物を避ける以外は、製品の原材料などについて細かに気を配ることはなかった。若かったし、忙しかったし、そんなことにまで頭が回らなかったというのもある。

しかしアメリカに暮らすようになってからは、比較的注意を払うようになった。そもそもアメリカの人たちは健康志向の人たちとそうでない一般の人たちの意識の差が、余りにも激しすぎるから、その中庸あたりに位置する日本人にとっては、買い物一つとっても頭を悩ませることが少なくないのだ。

たとえば洗剤。洗濯用洗剤、食器洗い洗剤など肌に触れるものでさえ、その成分はかなり強烈なことが、香りや手触りなどによって察知できる。また、風呂場用洗剤などは漂白効果が抜群な一方で、その匂いたるや猛烈。マスクをしつつ家事をしなければ頭痛を起こす。明らかに身体に悪い。

シャンプーやコンディショナーなども、非常に泡立ちがいいものの、洗い上がりはギシギシいうほど洗浄力が強いものが多く、その上に空気が乾燥しているから仕上がりはごわごわ。最初の数年間は「自分に合う商品探し」を繰り返していたように思う。商品が合わないのに加え、水が硬質なのもトラブルの原因だろう。

渡米直後の冬は、空気の乾燥と暖房の影響で全身の肌が著しく乾燥し、かゆみが発生することもしばしばだった。特に顔はバリバリ、がさがさになり、唇が荒れたりと、散々な状況だったが、歳月と共に身体が気候になじんできたのか、最近は、あえてケアをしていなくても当初のような激しいトラブルには陥らなくなった。

洗濯や食器洗い用の洗剤は、友人を介してシャクリーやアムウェイといった通信販売の商品を購入することもある。洗顔石鹸や化粧水は、日本の会社の「無添加・ナチュラル」をうたった製品。浄水器も日本の会社が米国で販売している物を使っている。

なぜこんなことを書き始めたかといえば、この季節になると、肌のトラブルに見舞われる人たちと、情報交換をする機会が多くなるからだ。

以下はアメリカ生活をしている人にしか役に立たない情報だが、私のお気に入りのプロダクツを紹介したい。

★Tom's of Maine: natural toothpaste

昔ながらの鉄っぽいチューブに入ったベーキングソーダ入りナチュラル歯磨き。ペパーミント、スペアミント、ラベンダー、クールミントなど種類が豊富。「味付け」がマイルドだから、磨いたあともさっぱり爽やか。以前はオーガニックショップなどにしか置いていなかったが、最近はCVSなどのドラッグストアでも見かけるようになった。子供用もある。

★Tom's of Maine: natural glycerin soap

上記と同じくTom's of Maineブランドのグリセリン石鹸(固形)。これは最近買ったばかりで私は使ったことがないが、友人いわく身体の油分を取りすぎないので、使用後もマイルドな感じだとか。

★Dr. Bronner's Magic Soaps

これは私とA男がお気に入り液体ソープ。プラスチックのボトルの表面に、まるで新聞記事のように文字が書き連ねられたユニークなデザイン。ALL-ONEという名の通り、髪の毛から足の爪先までこの1本ですみ、マウスウォッシュとしても使用可能。さらには風呂場や車掃除、ペットの洗浄にも使えるとのこと。ちなみに私は身体にのみ、A男は髪と身体に使っている。ラベンダー、ペパーミント、ユーカリなどのうち、ユーカリ(Eucalyps)がお気に入り。香りが爽やかで風呂上がりさっぱり。ペパーミントはさっぱりスースーしすぎるので、夏場のみの使用をおすすめ。

★Seventh Generation Natural Laundry Detergent

スカイブルーのボトルに入った洗濯用洗剤。アメリカの一般的な洗剤は匂いも洗浄力も強力すぎて、乱暴な洗濯機と乾燥機との相乗効果で、衣類がたちまち痛んでしまう。皮膚が弱い人は下着などに残る洗剤の余韻で肌をやられる場合があるので、マイルドな洗剤を使いたい。食器洗い機用の洗剤もある。環境保護のためにもいい。

★Dove製品

一般のスーパーマーケットで入手できるものとしては、Doveの食器洗いや石鹸は肌に優しく香りも柔らかいのでおすすめ。

 

●自然志向の「手作り石鹸」で全身洗浄を始めた。その効果はいかに……

最近「手作り石鹸」というものに興味を持ち始めている。数年前、マルセイユ石鹸というオリーブオイルで出来た石鹸が流行り始めた頃に、勧められて何度か使ったことはあるが、香りがさやわかでないのと、割高なのと、入手できる店が限られているなどの理由から続かなかった。

先日、友人と話をしていたときのこと。彼女の友人が手作り石鹸を作っているらしく、それを分けてもらって使い始めたところ、体調がいいとのこと。その直接の原因は「洗髪も石鹸で」行うようになったかららしい。

彼女いわく、化学成分の強いシャンプーを用いていると、頭皮の毛穴からそれらが吸収され、体内にもよからぬ影響を及ぼすとのこと。それを手作り石鹸(天然グリセリン、オリーブオイル、ココナツミルクを配合)に変えると解消され、石鹸を作っている本人は、長年の婦人科系の疾患から解放され、わが友人は「身体が軽くなり、やせた」というのだ。

(やせた?! ううむ。本当か?) という気持ちもあったのだが、私は「身体にいい」といわれるものは、比較的あれこれと試してみる質なので、さっそく手作り石鹸を購入し、1週間前から使用を始めた。

石鹸を頭に軽くこすりつけ、ゆっくりと泡立て、熱いお湯で流す。髪がかなりキシキシとなってすすぎにくい。そのあと、アルカリ化した髪を中和させるため、酢を薄めたお湯でリンスする。たまたまアーリントンの家には酢がなく、レモン果汁(ポッカレモンみたいなもの)があったのでそれで代用したが、リンスした途端、きしみが取れ、指通りが滑らかになった。頭で理科の実験をしているようで面白いほどだ。

「最初のうちは髪がべたっとするけど、そのうち治まって調子がよくなる」といわれた。確かにべたつきが気になったが、これは長年使っていたシャンプーに含まれる界面活性剤の反作用らしい。

たまたま首筋に出来ていて、1週間以上治らずにいた発疹が、翌日にはほとんど治っていたので、やや成果あり。もうしばらく使ってみて、本当に調子がよかったら、改めて結果報告いたします。

そのうち、自分で石鹸を作り始めるかもしれない……。

 

●バスケットボールに思うこと。マイケル・ジョーダンのプレイを見て……

A男が仕事の取引先からチケットを2枚もらってきた。11月20日、ワシントンDCのMCIセンターで行われる試合だ。

「マイケル・ジョーダンが出るゲームだけど、ミホも行きたい?」

そう聞かれて、一瞬、考えたあと、「うん、行きたい」と告げた。

今年、マイケル・ジョーダンが現役復帰した。シカゴ・ブルズを引退した後、4季ぶりに、今度はワシントン・ウイザーズのメンバーとして復帰したのだ。38歳の彼がどんなプレイをするのか、自分の目で見てみたかった。

バスケットボール。

この言葉を聞くと、心の片隅に苦い感覚が走る。中学から高校にかけて、私はバスケットボール部に所属していた。中学2年になるころまでは、なかなかいい線でがんばっていたのが、途中で腰を痛め、次いで膝を痛め、整骨院やカイロプラクティックなどに通い始め、思うように身体が動かなくなった。

それでも部活動をやめられず、少し調子がよくなっては練習に戻り、また痛めては病院に行く、というのを繰り返していた。

高校に入ってからも、最初のうちは調子よくやっていたものの、仲間を背負っての砂場ダッシュや、無理な体勢のウサギ跳びならぬ「カエル跳び」などの過激な練習で、瞬く間に腰と膝が悪化した。

高校の時のチームは県大会にもしばしば出場していて、練習もかなりきつかった。春休みも夏休みも、毎日のように体育館に向かう。学校内に合宿することもあり、早朝から夜まで練習に明け暮れた。

病院の先生からは、「半月板が摩耗している。このまま無理を続けると、将来、歩行などにも支障がでるから、部活動はやめなさい」と言われた。

今でも不思議に思う。私はあのとき、なぜやめることができなかったのだろう。ボールを追うことが楽しいとは思えなくなっていたのに。部活動をやめてしまうということに、一抹の恐怖感があった。これは続けていなければならない。さもなくば、何かに落伍したことになる。そんな強迫観念があった。

身体を痛めるまでは、小さい頃から比較的運動神経がよかったのが、思い通りに身体を動かせず、周りから取り残されていくことに、激しい焦燥感もあった。そんな自分自身がまた鬱陶しくもあった。

あのころの私に言いたい。

無理をせずに、ほかのことをやれば? と。絵を描いたり、本を読んだり……。英会話を習うのもいいし、やめてしまったピアノをもう一度始めるのもいいんじゃない? バイオリンやギターもいいかもね、と。

「プロのプレイヤーになるわけでもないのに、なぜやめないの?」

整骨院の先生に、半ば呆れられながら、何度も言われた。しかし、それでもやめられなかった。膝の調子が思い切り悪いときは、上半身を鍛えるための基礎練習をするだけのために放課後を体育館で過ごした。

試合に出させてもらえることはごく稀で、たいていはベンチを温めていた。「この試合は絶対に勝つ」とわかった時点で、監督から声がかかり、コートに出ることはあった。その「お情け」のように試合に出してもらうことがまた屈辱的に思え、辛かった。

コンプレックス……。あのころを思い出すと、本当に心がきしむ。

大学に入ってから、気の合うスポーツ好きの友人たちとで作ったバスケットボール同好会で、週に数回、軽い練習を楽しみながら3年間やったことでは、少しばかり気持ちを癒すことになった。

とはいうものの、あれから何年もたった今でも、テレビなどでバスケットボールの試合を見ると、色々な記憶が蘇ってきて心から楽しめずにいた。

(時間の経過)

マイケル・ジョーダンを見たきた。スタジアムは楽しかった!

上の文章を読み返して「けっ! いちいち暗いやつ」と自嘲するくらいに、今はご陽気。

ベースボールのスタジアムもそうだが、スタジアムには独特の「ワクワクとした空気」が立ちこめていて、建物に入った活気に包まれ、おのずと笑顔になってしまう。

早めについたA男と私は、夕食がまだだったので、普段はあまり食べないホットドックやフライドチキン、フライポテトなどのジャンクフードとビールを購入。スタジアム内に入る。

まばゆいほどに人工的な光が満ちあふれたスタジアム。天井の中央には、全シートから見られるように四面に大型モニターを備えたボックスが下がり、飛行船を模した広告用の大きなバルーンが二艘、ゆっくりと中空を旋回している。

「何だかエキサイティングだね!」

NBAを観戦するのは今回が初めての私たちは、そう言い合いながら、マスタードをたっぷり付けたホットドックを頬張り、観客で埋まりつつあるスタジアムを見回す。

ほどなくして、ウォームアップのために選手たちが入場し始めた。まずは対戦相手のシャルロット・ホーネッツが入場。次いでワシントン・ウイザーズ。スタジアムから大きな歓声が沸き起こる。

一人の白人選手を除けば、濃淡の差はあるものの、みんな黒人でしかも頭はツルツル。ウォームアップ中は長袖長ズボンのジャージを着ているから、背番号が見えず、いったいどこにマイケル・ジョーダンがいるのやらわからない。誰だかわからないにも関わらず、彼が目の前にいるのだと思うと、何だか胸が熱くなってくる。

チアリーダーたちが登場すると、A男の視線は釘付けになり、頬が緩んでいる。女性の私から見ても、なんてプロポーションがよくて身のこなしが美しいのだろうかと感嘆させられる。

隣席に、この招待券をくれたA男の会社の取引先の男性二人がやって来た。彼らとA男はこれが初対面らしく、試合が開始したにも関わらず、ひたすらしゃべり続けている。

前半戦、マイケル・ジョーダンは、チーム得点の約半分を一人で稼いだ。全盛期の彼のプレイを見たのはテレビで数回だから、引退前と現在と、どれほどの力の差があるのかはわからない。しかし、他のどの選手よりも確実にシュートを決めていて、彼の一挙手一投足に観客の注意が注がれていることには違いなかった。

リングから遠く離れた場所からの3ポイントシュートもさることながら、身体のバランスが崩れているにも関わらず、まるでリングにボールが吸い込まれていくようなシュートを繰り返すのには目を見張った。

しかし、スコア全体を見回すと、シャルロット・ホーネッツがそれぞれの選手がバランスよく得点しているにも関わらず、ワシントン・ウイザーズはマイケルに頼りきっていて、前半戦、一度もシュートが決まらない選手さえいる。マイケルがベンチにいるときはシュートを試みる選手が、マイケルがもどってくると、自分のチャンスにも関わらず、彼にボールを回す場面もしばしば見られた。

基本的なパスのミスも目立ち、後半戦はマイケルの得点も芳しくなく、結局は7点差でワシントン・ウイザーズが負けた。マイケル・ジョーダンが復帰したにもかかわらず、やはり連敗しているワシントン・ウイザーズ。露骨に地元チームを応援する観客たちは、負けが見えてきた後半戦終了数分前から、「やれやれ、今日もだめだった」とばかり、早々に席を立ち始める。

ゲームそのものは、正直言って「山場」に欠ける単調な運びだったが、タイムアウトやハーフタイムの間に行われるチアリーダーによるダンスや、地元メリーランド大学の体操部員による床運動、着ぐるみ人形のなにやらくだらない出し物など、それなりに楽しかった。

前半戦、ひたすら会話を続けているやたらおしゃべりな取引先のアメリカ人とA男とを横目に見ながら「アメリカにも、日本とは違うタイプの接待というものがあるのね…」と興味深かったが、さすがに後半戦は取引先もおしゃべりをやめ、観戦をはじめた。

取引先の男性、ゲームに熱中するやいなや、私の隣に座っていた小学生の男の子たちと同様のレベルの「ヤジ」を大声で飛ばしはじめたのには笑った。

それにしても、マイケル・ジョーダン。

彼は38歳にも、28歳にも、もちろん48歳にも見えなかった。なんだか、彼独自の世界があって、年齢を超越した強い存在感だけが印象に残った。すごくかっこよかった。


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