坂田マルハン美穂のDC&NYライフ・エッセイ

Vol. 78 8/25/2002

 


瞬く間に、夏も過ぎていこうとしています。先日は『街の灯』発行にあたり、お祝いのメールなどをいただき、ありがとうございました。最終の校正が終わり、あとは9月9日の発行を待つばかりとなりました。

メールマガジンの読者の方々にも、ぜひお読みいただけたらと思います。25話それぞれの扉に、わたしが撮影したニューヨークの写真も入っており、味わいのある仕上がりになっています。

最寄りの書店でのご予約・ご購入、ぜひともよろしくお願いします。

 

●新しい暮らし。新しい出会い。毎日が大切に過ぎて行く

DCに暮らし始めて7カ月が過ぎた。ニューヨークにいたときに比べると、わたしとA男の共通の時間が多く、特に週末はこれまでどちらかがDC-NY間を行き来していたのを、その必要がなくなり、自由に好きなことをして使えるのがいい。

何よりも、二人一緒に、色々な人たちに会う機会が増えた。毎週のように、誰かの家に呼ばれたり、あるいは食事に出かけたり、パーティーに招かれたりと、「仕事抜き」で多くの人に出会え、わたしもA男もそんな生活を楽しんでいる。

8月9日はA男の誕生日だった。当日の夜は二人で食事に出かけたが、翌日は土曜日だったので、わたしは彼に秘密でパーティーを企画した。彼が散髪に出かけている間に食事などを準備し、夜には十数名のゲストがやって来て、彼の30歳のバースデーを祝福してくれた。

彼の誕生日を祝うのはこれで7度目だが、今年の誕生日が一番楽しかったようだ。

わたしもA男も、特定の友人としょっちゅう会うタイプではなく、深く互いを干渉しあうような付き合いが苦手だ。だから、お互いが敬意をもって接し会える距離感で、多くの人と出会えるのは、とても楽しいし、刺激にもなる。

人との出会いを通して、自分の在り方を顧み、一日一日を大切に過ごそうと、かつてなく思う毎日だ。

 

●耳を澄ます。

中学一年の時にバスケットボールがきっかけで腰を痛めた。以来、20年以上、腰痛に悩まされている。普段は支障がなくても、数年に一度、ぎっくり腰のような強い痛みに襲われ、動きがままならなくなる。

たいてい、整骨院や鍼、カイロプラクティックなどへ駆け込み、1週間ほどして小康状態となるのだが、今回は違った。ずいぶん長引いた。

2週間ほど前から少し、痛みの兆しがあったのを、ちょっと無理をしたら、ある朝、すんなりと起きあがれなくなってしまった。じわじわと起きあがり、歩くのもよたよた。くしゃみをすると腰が砕けてふにゃふにゃとなるので、何かにつかまるなどの準備が必要だ。情けなくて逆に笑いがこみあげてくる。

最初、カイロプラクティックに行った。レントゲンを撮られた。背骨が少し曲がっていて、神経を刺激しているのがいけない、しばらく通院が必要だといわれた。いつもと同じ診断内容だ。

背中や首をバキバキとやられ、温めずに冷やせといわれ、(冷やすのはいやだな……)と思いつつも、数日を過ごした。

数日たっても、なかなか治らない。A男がたまたま出向いた先の名医から「カイロプラクティックはよくない」といわれたと言うので、数日後、鍼に行ってみることにした。

中国人の女性ドクター曰く、半身浴などして温めた方がいい、1回の治療で多分十分、あなたはそもそも健康体だから、そんなに心配することはない、とのこと。

冷やすのか、温めるのか。結局、どちらがいいのだろう。わからないが、自分はお風呂にゆっくりと浸かりたかったので、そうした。少し調子がよくなった。

その後、鍼に2回行き、ようやく2週間を過ぎた今日辺りになって、ずいぶん動きが楽になった。それでもまだ完全ではない。

もう、何度となく、こんな状況に陥ったが、今回初めて、気付いたことがあった。お風呂に入ってぼんやりしているときに思ったこと。

「耳を澄ます」ということだ。自分の身体の訴えに、耳を澄ます。

思い返せば、このような激腰痛に襲われる際には、必ず何らかの「兆し」があるのだ。それを、たいていは無視して、無理をする。

例えば2週間前あたりのことを思い返すと……。

・ふだんはウォーキングをしているのに、ちょっと走りたくなって、数日ジョギングにした。

・『街の灯』の校正作業に、ものすごく集中した。

・アパートのフロントから部屋まで、短距離だからと、カートを使わず重い荷物を運んだ。

・いくつかの、少しいやな出来事があった。

そういう要素が重なり、身体が不快の警告を発しているのに、「わたしはできる」という思いこみが無理な行動をとらせ、結局、身体が音を上げたのだ。

そもそも、わたしの性格は「自分のことは自分でやりたい」方であり、「てきぱきと作業するのが好き」な方だ。しかし、それはわたしの気持ちの傾向であって、身体の方はいやがっていたのかも知れない。

気持ちが、「これくらい、自分で持てる!」「これくらい軽く走れる」と身体に指令を送り、身体の方はしぶしぶと、実は従っていただけかもしれない。

確かに若いうちはそういう無理も利くだろう。しかし、いつまでも無茶を強いていては、心身のバランスが、調和が崩れてしまう。今回そのことに、初めて気がついた。

DCに引っ越し、自由な時間がとれるようになり、今までに比べたら格段に時間があるはずなのに、一方で、A男と一緒にいるということは、一人でいる時間が少なくなる。日中は無論一人で仕事をしているが、あくまでも「仕事」に神経が払われているから、心は静かではない。

ゆっくりと、自分に向き合う時間というのは、お風呂に入っているときくらいのものだ。だから、せめて数日に一度はゆっくりとお湯に浸かり、そしてときには静かに、身体の声を「耳を澄ませて」聞いてみようと思った。

ところで、鍼のドクターの待合室に大きな写真集が置いてあった。それは世界各地のいわゆる秘境と呼ばれる場所に住む人々と、周辺に生息する動物、生物の写真だった。

ある「未開の」村の男性の姿。素っ裸にペニスケースだけをつけ、頭部に鳥の羽のようなものをつけている。

次のページには女性。簡素な木組みの家の、床の上にべたっと座り、なにか手作業をしている。顔にはしわが刻まれ、胸が垂れてはいるが、おなかの肌にははりがある。周りには子供たちが数人。

彼女の姿を見ながら思った。いったい、この人は何歳なのだろう。 ひょっとするとわたしと同じくらいの歳かもしれない。

この人はブラジャーも着けなければシミやしわを防ぐクリームもつけない。だから、ありのままに、自然に、歳をとり、身体の線は崩れていくにまかせ、日々を生きている。

すでに、わたしたちは、いろいろな、「自然ではない」ものを、身体に強要しているのだと言うことを、その写真を見ながら思った。でも、「この社会」で生きている以上、ある程度のそれら強要は必要なわけで、だから、不必要な負担はできるだけかけるまいと、また改めて、思った。

 

●9月4日から17日間、A男と一緒に、日本を旅します。

久々に帰国する。2000年の春に、父の病気が発覚したとき福岡に帰省したのが最後。東京へはA男と旅行して以来だから3年半ぶりだ。

『街の灯』の発行に合わせて、今回は帰国のプランを立てた。A男も夏休みを取るのにちょうどいい時期だったので、一緒に行くことにした。

東京、京都、そして母校である梅光女学院大学(現梅光学院大学)のある下関を経て、福岡に入る。福岡から長崎のハウステンボス、それに佐賀県の嬉野温泉にも立ち寄る予定だ。

東京では出版と結婚の報告を兼ねたパーティーを開くことにした。六本木のインド料理店を借りての、カジュアルなパーティーだ。日本で親しくしていた友人や、仕事でお世話になった人たち、また、ニューヨークにいたころ、電話やメールだけでしかやりとりしたことのなかったクライアントの人たちにも招待のメールを送った。

それにしても予想外だったのは、多くの友人たちに連絡がとれなくなってしまっていたこと。大半は渡米以来6年以上会っていない人ばかりで、引っ越してしまえばもう、連絡先がわからない。共通の友人に聞いても、その共通の友人すら古い電話番号しか持っていないなど、なかなかに大変だった。

インターネットが登場したお陰で、思いがけず古い友人から連絡があったりする反面、携帯の番号にせよメールアドレスにせよ、頻繁に変える人も少なくない。ずっと同じ場所に住んでいるのは、ほんの一握りの友人だけだった。

とはいうものの、数日間、日本と頻繁にやりとりした結果、夏休みや出張だという人たちも多かったにも関わらず、結構多くの人々に参加してもらえることになった。よかった。

本を出版できるのはうれしいことだが、これをきっかけに、ひょっとすると、もう一生会う機会がなかったかもしれない人たちに、再会できる機会を得たことは、別の意味でとてもうれしく、幸運なことだと思う。

梅光学院大学の教授は本の宣伝を引き受けてくれ、1泊ではあるが、下関滞在中のあれこれ(学生との座談会のようなものや同窓会)をコーディネートしてくださるという。とてもありがたいことだ。

また、福岡では福岡市内に住んでいる大学時代の友人たちにも会うことになった。それから、A男の親戚へのお披露目夕食会もある。1回の旅行で何もかも一気にすませようとしているので、かなり濃密なスケジュールだが楽しみでもある。

自分の母国でありながら、変化のめまぐるしい日本だから、きっと新鮮な感動をもって旅をできるに違いない。

※ところで、このメールマガジンを読んでくれている東京近辺在住のわたしの友人で、7日のパーティーの案内が届いていない方はぜひご連絡をください。

 

◆◆◆◆◆『街の灯』通信 Vol.1◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

●装丁が決まりました。

『街の灯』の表紙などができました。ミューズ・パブリッシング、もしくはポプラ社第三編集部のホームページで詳細をご覧いただけます。

http://www.museny.com/

http://www.dai3hensyu.com/

 

●宣伝用のチラシなどについて。

『街の灯』を身近な方に宣伝してくださるというお申し出を、何人かの読者の方々からいただきました。本当に、ありがとうございます。こちらでは宣伝用のフライヤー(チラシ)を制作しており、宣伝隊の方にデータをお送りしております。

もしもご協力していただける方がいらっしゃいましたらデータ(アクロバット)をお送りしますので、ぜひお知らせください。

 

●ホームページをお持ちの方へお願い。

ミューズ・パブリッシングでは、ホームページに『街の灯』専用のコーナーを準備中です。もしもホームページをお持ちの方は、相互リンクをお願いしたく思います。ご協力いただける方は、ぜひご連絡ください。

 

●米国内での販売について。

米国内では9月下旬より、ミューズ・パブリッシングからも発売します。小切手による郵送での申し込みと、ウェブサイトからクレジットカードによる購入の2種類を準備中です。もちろん、最寄りの日系書店からもご購入いただけます。詳しくはホームページをご覧ください。

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