坂田マルハン美穂のDC&NYライフ・エッセイ

Vol. 90 1/31/2003

 


福岡の両親によると日本もかなり寒いようですが、DCも先週は猛烈な寒さでした。

1月25日で、ちょうどDC生活一周年を迎えたのですが、去年に比べると一段と冷え込みが厳しいように思います。

前回のメールマガジンを発行したころに『muse Washington DC』の発行を決め、この2週間はその件で人に会う機会も多く、瞬く間に過ぎていきました。

 

●来月から、『muse Washington DC』を発行することにした。

DCに移って以来の去年一年間。前半はニューヨーク生活を引きずり、クライアント仕事もニューヨークが中心だったこともあり、ミーティングを口実に毎月のようにマンハッタンに出かけていた。仕事もさることながら、あの街に身を置きたかったし、友達にも会いたかった。

後半も『街の灯』を発行したことで、やはりニューヨークへ何度か訪れ、DCで生活してはいるものの、自分はまだ「よそ者だ」という感覚が抜けきれなかった。それでもいい友人たちに巡り会うこともでき、A男と二人揃ってパーティーや会合などに出かける機会も増え、新たな生活に積極的に向き合ってきたつもりだ。

そしていよいよ2年目を迎える今年。少しはこの街に腰を落ち着け、公私ともに充実した時間を送りたいと思うようになった。

『街の灯』の営業も一段落した去年の年末あたりから、当分は執筆活動に専心しようと決め、次作品の執筆に取りかかった。これまでの経験を通して、書きたいと思っている構想が、フィクション、ノンフィクション共にいくつかある。かつては仕事に忙殺され、何かをイメージしていてもそれらを文章にすることがままならなかった。

しかし現在、社会人15年目にしてようやく、執筆に専念する自由な時間を得られるようになった。これは願ってもない理想的な状況のはずだった。ところが執筆中心の生活をわずか2週間ほど続けたところで、瞬く間に行き詰まってしまった。

予期していたことではあるが、自分に向き合ってばかりの環境は、どうにもわたしには合わない。自分でも情けない話だが、「飽きる」のだ。

スケジュール表を作り、自分なりの目標を立てても見るが、どうにも心身の「風の流れ」が悪い。通気性がよくないと、「言葉」が頭の中で走り回るだけで、キーボードを叩く指が動かない。ペンを握る手が動かない。

それを乗り越えてこその「生みの喜び」なのだろうが、何しろ生活そのものに覇気がなければ精神衛生上、好ましくない。

近々、改めて英語学校に通い始めたり、クライアント業務も少しずつ続ける予定で、何も四六時中、文章を書くつもりでもなかったのだが、しかし何かがしっくりこない。無論、作品はずいぶん書き進んだが、自分があまり幸せな気分ではなかった。

冬の休暇を終えて1週間。わずか1週間その生活を続けただけで、早くもくすぶってしまったのである。不完全燃焼。

願ってもいない、ある意味では贅沢な環境にあるはずなのに、それを謳歌できないことへの苛立ち、内部から込み上げてくる尽きない欲望に対するうんざりとした気持ちを持て余していた。無論、閉塞的な季節のせいもあるのだが……。

そんな雪降る2週間前のある夜。日米協会が主催する新年会パーティーに参加した。日本人及び日本にゆかりのあるアメリカ人たちと話をしているうちに、突如として自分のなかで何かがメラメラと燃え始めた。

英語の勉強もボランティアもいいが、自分にできることは書くことだけじゃない。やっぱり編集の仕事がしたいと改めて感じた。そして『muse DC』を出すべきだと確信した。

去年はDCで出会った友人・知人らに『muse DC』を作ればいいのに……と言われても、自分はもう「次のステージ」に移ったのだから、過去と同じようなことはしたくないと内心思っていた。

自分の中では、それなりの努力を要するとはいえ、自分の意志で出版できるものよりも、『街の灯』のように出版社から発行される書籍の方がステージが上で、価値があるものだと判断していたのだ。

一方で、価値のあるなしの基準とは何なのだろうか、と訝しく思う気持ちもあった。いつ発表されるともわからない文章を黙々と書き続けるばかりより、このメールマガジンにしてもそうだが、定期的に人の目に触れ、何らかの反応を受け、常に社会との関わりを持てる媒体があるということもまた、大切なことなのではないかとも思った。

パーティーの帰りのタクシーの中で、ひどく寒い夜だったにも関わらず窓を少し開け、冷たい風を受けながらあれこれと思いを巡らせた。そして帰宅するなりデザインの構想に取りかかり始めた。その夜は久しぶりに夜遅くまで起きていた。

『muse new york』は、いわばミューズ・パブリッシングの営業ツールの意味もあったから、低予算で抑えるにしてもきちんとフィルムを出力センターに出し、印刷所で印刷・製本し、しっかりとしたページ物に体裁を整えていた。

内容にしてもミューズ・パブリッシングの出版物として、客観的な視点から編集するよう心がけていた。そこには一種の「気負い」があった。

しかし、『muse DC』に関して言えば、そこまで気合いを入れるつもりはない。体裁も、リーガルサイズ(A4を1.5倍ほど長くしたサイズ)のペラ一枚を両面印刷二つ折りにして4ページ物からスタートする。3000部くらいの印刷だから、オフィスのプリンターで当面はまかなうつもりだ。

そしてミューズ・パブリッシングからというよりは、坂田マルハン美穂から発信するという自然なスタンスで始めてみようと思う。他者から見れば、『muse new york』と『muse DC』を見比べればグレードが格段にダウンしたように思われるかも知れないが、それはそれで構わない。やりたいときにやりたいことをやることが大切だと思うので。

ちなみに『muse new york』は季刊誌だったが『muse DC』は月刊にする予定だ。

ミューズにはホームページもある。インターネットを情報源にしている人は多いから、本当はホームページを拡充すればいいのかもしれない。でも、わたしは印刷物に愛着があり、こんな小さなニューズレターを制作するだけでも、ホームページを作るよりもはるかに楽しい。

紙面に掲載する内容はほとんどすぐに決まったので、先週のうちに取材などをすませ、今日、原稿が完成した。来週にはプリントアウトして徐々に配布するつもりだ。

3月にはワシントンDCの桜祭りも開かれる。去年は傍観者の立場であれこれ思うところを語ったが、今年は『muse DC』上でもできることを、考えてみようと思う。

 

●そこで早速、日本的なお風呂があるB&Bを訪ねて、温泉気分を楽しんだ

『muse DC』を発行するとなると、巻頭にはやはり実用的なドライブや観光情報などが必要だろう……ということで、早速先週末、A男とともに、ヴァージニア州西端にある評判の宿を訪れることにした。

ここはかつて外交官だったウォルター・フロイドさん、妻の多恵子・フロイドさんご夫妻が2001年より開業したB&B(Bed & Breakfast)だ。すでにDC界隈の日本人には有名だが、私たちはまだ行ったことがなかったので取材を兼ねて出かけることにした。

ルート66を車で西へ走ること約1時間半。アパラチアン山脈を望むシェナンドー峡谷の一隅、雄大な山並みが見渡せる小高い丘の上に、その宿「ペムブローク・スプリングス・リトリート」はあった。

ウォルターさんがベトナム戦争から帰還した直後に購入したというこの土地は175エーカー(20万坪)もある、日本人からすれば想像しがたい広大な敷地。この敷地内に夫妻の家と、それからゲストハウスがポツン、ポツンと立ち、あとは山々に囲まれた野原(!)が広がっている。 

3室ある客室はいずれもアメリカンスタイルと和の調度品がバランスよく配された上品なインテリア。バルコニーから新鮮な空気を吸いつつ外を眺めるだけでも心が洗われるようだ。今は冬枯れの風景だが、新緑の頃や紅葉の時期はまた格別の眺めだろうと思う。

2つある展望風呂はいずれも広々とした浴槽とシャワーを備え、日本の温泉地に見られるような洗面器や椅子、手ぬぐいなどもある。この日は私たちを含めゲストは2組だったから、お風呂は貸し切り状態。2.5メートル四方ほどの広い浴槽で、二人でのんびりと入浴できるのがいい。

お湯は敷地内から湧き出ている良質の冷泉を汲み上げ沸かしたもので、厳密に言えば「温泉」ではない。しかし常に摂氏40度に保たれているお湯は肌触りも柔らかく、浸かるなり全身のこわばりがフーッと抜けていく心地よさだ。温泉好きのA男も幸せそうである。

熱くもなくぬるくもない、ほどよい湯加減がこたえられない。浴場は景色が楽しめるよう、大きな窓が備え付けられていて、半ば露天風呂気分を味わえた。湯上がりは浴衣に着替え、バルコニーでほてりを冷ます。この瞬間がまた、この上なく爽快だった。

夕食は、他のゲスト、フロイド夫妻と共にテーブルを囲む。基本的に夕食はつかないのだが、季節によってはウォルターさんが射止めた鹿肉を使っての、多恵子さんによる手料理が味わえるのだ。

車で約30分ほど走れば、ウィンチェスターやストラスバーグという小さな町があり、そこのレストランで食事をすることもできるが、食材を持参すればキッチンで自炊もできる。春から秋にかけてなら、バルコニーでバーベキューというのも楽しそうだ。

次回来るときは、食材を持って来ようと思う。寝る前にも温泉に入るには、行き来する時間がもったいないと思われるので。

夕食の間、多恵子さんと旅の話で意気投合した。彼女も若い頃「砂漠が見たい」という衝動から、サハラ砂漠を求め、一人でモロッコを旅したという。わたしも同じく「砂漠が見たい」という衝動にかられ、モンゴルのゴビ砂漠に旅した経緯がある。

ちなみに当初はサハラ砂漠が見たかったのだが、会社員だったこともあり期間や予算の都合で近場のモンゴルを選んだのだが、第二候補だったという経緯を忘れ去ってしまうくらい、わたしの人生にとって意味深い旅となった。

寝る前に改めて湯に浸かったあと、バルコニーで空を見上げる。無数の星星がきらめきながら夜空に散らばっている様を、ただ、ぼんやりと、眺める。湯冷めしないように……と思いつつも、身体の芯まで温まっているからしばらくは外の空気が気持ちいい。

翌朝も早めに起床して入浴した。朝のお風呂というのもまた何とも言えず気持ちいいものだ。冬の乾いた空気でカサカサだった肌はしっとりと滑らかになり、肩の凝りもいつしかほぐれていた。

朝食は和洋あり、私たちは和食を選んだ。湧き水で作られた味噌汁はまろやかで、産み立て卵を使っての、黄身が濃い黄色の半熟目玉焼きも格別だった。アメリカの一般のスーパーマーケットの卵は賞味期限が異常に長く、生卵はもちろん、半熟で食べるのも危険だから、こんな新鮮な卵を食べられるのはかなりうれしいことだ。

食後はウォルターさんの案内で、犬たちと共に広大な敷地内を散策する。クジャクやヤギ、ウサギ、それに鶏やウズラ、チャボなどの動物たちに触れ合い、清澄な空気を吸い、湧き水で喉を潤し、束の間カントリーライフを味わった。

わずか1泊2日ながら、ずいぶんとリラックスし、身体が浄化された気がした。帰りはストラスバーグにあるアンティークなホテルでランチを食べ、最寄りのアンティークショップでしばらく過ごしたあと、帰路に就いた。また時々、出かけようと思う。

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■ Pembroke Springs Retreat

6238 Wardensville Grade, Star Tannery, VA 22654

1-888-348-1688 or 540-877-2600

www.pembrokesprings.com

●宿泊料(1室2名、朝食付き)平日 $ 125.00、週末 $ 150.00

●日帰り(施設利用)1名 $ 25.00

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(1/31/2003) Copyright: Miho Sakata Malhan

 


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