男と女の出会いの形

(2003年7月号)

 


昨年、ワシントンDCに移って間もないころ、さまざまな種類の会合やパーティーに、積極的に参加した時期があった。そこで気づいたのは、キャリアを持つ30〜40歳代の「独身女性」が非常に多いということである。

知的で気さく、独立心のある彼女たちの多くは、しばらく話をして打ち解けると、「誰か、いい人がいたら紹介して!」と、屈託なく口にする。「結婚」を意識してはいるものの、目の色を変えて伴侶を探すでもなく、キャリアの構築に専念しているうち、気づいたらかなりの歳月が流れていた……という、そこには一種の爽やかささえある。できることなら力になりたいが、なにしろ私は新参者で、独身男性のネットワークがないからどうすることもできない。

巷の噂によると、ワシントン首都圏では日本人に限らず、全般的に独身女性が多いとのこと。「お堅い職種」の街で、理想の伴侶を見つけることは、簡単ではないようだ。

では自由な気風の漂うマンハッタンの、たとえばストリートの至る所で恋の花が咲いているかといえば、そうでもない。ニューヨークに住んでいたころも、やはり「出会いがない」とぼやく人々にしばしば出会ったものだ。あちこちで「シングルズ・パーティー」が催され、郵便物の中にはマッチメーキング・カンパニーの入会案内が紛れ、ローカル誌のクラシファイドの「パートナー求む」欄は盛況だった。

5年以上前の話だが「ITバブル前夜」には「いかに時代の波に乗った男に出会うか」といった類のセミナーも随所で行われていた。あるセミナーに参加した知人の話で印象に残っているものがある。それは「悪天候の空港を狙え」というものだ。悪天候の空港は、便の欠航がつきもので、そこには足止めを食ったビジネスマンが大勢いる。彼らはひとまずバーでビールでも飲みながら携帯電話で各方面に電話をすると予想される。そのバーこそが「波に乗った男の宝庫」だというのだ。飛行機に乗る予定があろうがなかろうが、悪天候の朝は空港へ。好みのタイプを見つけたら「あなたの便も欠航なの?」と、話をかければよい。

無論、ITバブルがはじけた今となっては、この作戦が有効だとは言い難いが……。

 

さて、一方のワシントンDCであるが、この街でもシングルズ・パーティーは開かれているようだし、デュポンサークルやジョージタウンには「男女の出会いのスポット」とされているバーやクラブもあるらしい。ジョージタウン北部、ウィスコンシン・アベニュー沿いにあるSAFEWAYは、通称「SOCIAL SAFEWAY」とも呼ばれているらしく、「男女の出会いの場」として公認されているという話も聞いた。

最初は(スーパーマーケットでの出会い?)と、半ば笑い話の類として受け止めていたのだが、それもあり得るな、と痛感した事件が、つい先日、私の身の上に起こった。ちなみにそれは、SAFEWAYではなく、その少し先にあるWHOLEFOODSが舞台である。

その日、私はカートを押しつつ、まずは野菜や果物のコーナーへ向かった。私がネギに手を伸ばすと同時に、誰かもまたネギに手を伸ばした。中肉中背の30歳代とおぼしき白人男性。互いに"Oh, Excuse me!" と言って手を引っ込める。これをきっかけに、行きつ戻りつ移動しているにも関わらず、ジャガイモを取ろうとすると、彼が向かいでタマネギを選んでおり、私がフジ・リンゴをビニールに詰めていると、彼が隣でグラニースミスを手にとって……という具合に遭遇が重なった。魚介類コーナーで、パスタコーナーでと、コマを進めるごとに、ことごとく会う。こうなると妙に意識して、相手の動向をチェックするものだから、むしろ目が合ったりしていけない。彼の風貌が私の好みだったことも、私の自意識過剰に拍車をかけた。

買う予定のないビタミン剤などを意味もなく眺めてペースを乱したにも関わらず、終盤、乳製品コーナーで再会し、同じメーカーのヨーグルトを手にしたときには、一種の運命的な結びつきさえ覚えて動揺した。ちなみに彼の左手の薬指に指輪はなかった。そしてついには、私がレジに並んでいるとき、彼が同じレジにやって来たのである。彼は私がそのレジにいるとは気づいてなかったようで、目が合ったとき、(うわっ!)という動揺が見て取れた。

これまでの人生、何度となくスーパーマーケットという場所に身を置いたが、これほど高頻度で同一人物に遭遇したことはかつて一度もなかった。レジで精算を待つ間、私は脳裏で(もしも私が独身でパートナーを探している身の上だったら、これは偉大なる偶然かも知れぬ……)と、想像を巡らせた。

まずは勇気を振り絞って、さりげなさを装い、声をかける。

「そのパスタソース、おいしいわよね」

「えっ、君もこれが好きなの?」

「ええ。私はエビとかムール貝とか、シーフードをたっぷり入れたペンネが好きなの」

「へえ。そのレシピ、簡単? 知りたいな!」

「いいわよ。Eメールで送りましょうか?」

「Oh! グレイト! 僕のアドレスは……」

「じゃあ、このレシートに書いてくれる?」

……己の妄想の虜となった私は、ことを進展させてはならぬと、自分が「既婚者」であることをアピールするべく、あえて左手を使ってクレジットカードをスライドさせたりした。思い返すだに馬鹿者である。

現実の私は、もちろん彼に声をかけることも、また声をかけられることもなかった。無論、意識していたのは私一人で、彼の方は何とも思っていなかったかもしれぬ。しかし私はこの件を通し、スーパーマーケットでの出会いというのは、かなりポイントが高いと確信した。

まず、カートの中身で相手が独身か否かが想像できる上、そこにあるのが「コカ・コーラ1ダースとポテトチップスの大袋」なのか、あるいは「カベルネ・ソーヴィニョンとチーズ」なのかで、相手の嗜好も一目瞭然だ。「食」がすべてとはもちろん言わないが、相性をはかる上での一つの目安になるには違いない。

 

さて、住んでいる都市を超えて、現代の出会いに欠かせない「エンジェル」は、周知の通りインターネットだろう。中でもマッチメーキングのサイトの充実ぶりには目を見張るものがある。代表的なところではwww.match.com。「自分の性別」「相手の性別」「希望の年齢層(選択肢は18歳から120歳!)」「郵便番号」を入力してクリックすると、パートナーを求める登録者の顔写真入りデータが、それはもう続々と出てくるのだ。気に入った人が見つかれば、メールを送るだけ。それでうまくいけばデートに発展させられる。もちろん、自分のデータも無料で登録できるから、「探しつつ」「探してもらう」ことも可能だ。毎週のようにここで見つけた誰かとデートを重ねている人もいるという。

こうして考えてみると、出会いのチャンスは結構身近に、ありそうである。

それでもやはり「出会いがない」という人々を対象に、弊社で「シングルズ・パーティー」を企画しようかと考えている昨今である。

 


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