■muse washington DCのあとがきより。(Summer/2003)

●1カ月。(インド家族の来襲)

夫(インド人)と結婚して丸2年。この初夏、私たちにIn Lawsの波が押し寄せてきた。結婚前にも、夫の家族は我々の家に泊まりに来たし、去年も義父とその妻(夫の実母は他界)が、我が家に2週間ほど滞在したので、今回が初めてというわけではなかった。ただ、今年は長かった。 

我が家は2ベッドルームで、1室は私の書斎となっているため、客室はない。従って、来訪者にはリビングルームのソファーベッドに寝てもらうことになる。これが何かと落ち着かない。しかし、落ち着かないと思っているのは私だけだということを、後々、思い知ることになる。

今年は、義父と義姉(といっても私より年下)がそれぞれニューデリー、バンガロールから来ることになっていた。あらかじめ夫と相談した際、「長くて2週間。百歩譲って3週間」ということで、話がついていたはずだった。ところが、夫と義姉が電子メールで連絡を取り合う過程の中で、いつのまにか予定が変更され、滞在期間が「1カ月以上」に延長されていた。

それに気づいたのは、彼らが訪れる数日前。何でも、同時期、ニュージャージーへ出張する義姉の夫のスケジュール変更に伴い、二人の予定も変えたようだ。心構えのできていなかった私は混乱した。1カ月以上といえば、1年の1割近くだ。驚くべき長さではなかろうか。

私には、インド人男性と結婚した日本人の友人が何人かいて、すでに彼女らからも同様の話を聞かされていた。1カ月などは序の口で、2カ月3カ月は当たり前、観光ビザが切れるまで半年間滞在、というケースもあった。こうなったら、善し悪しは別として、最早、同居状態である。

果たして彼らはにこやかに、ワシントンDCへやって来た。家族からの贈り物だと言って、夫の実母が使っていた美しい金糸のストールなどをくれた。そのほかにも、スーツケースの中は、私たちへのお土産でいっぱいだった。そうやって、「1カ月同居」の幕は、静かに開いた。

義姉は、毎朝3時間のヨガが日課だ。インドでは毎晩9時就寝、4時起床とのことだが、それだけは勘弁してもらい、6時起床にしてもらった。普段はエクササイズに消極的で、やったとしても三日坊主な夫が、

「僕たちも健康のために、ヨガをやるべきだ!」

と熱を込めて言う。目覚まし時計が鳴り響き、3人が起きてドタバタしている中、一人で寝ているわけにもいかず、しぶしぶ起床。1時間ほどヨガをやる。窓越しに、まばゆい朝日を眺めつつ、夏休みのラジオ体操の記憶が、脳裏をよぎる。

日中の数時間、彼らは外出するので、その間に仕事や掃除をし、束の間、一人の時間を過ごす。夕食は義姉と交代で作ることにした。健康志向な彼女は、ときに淡泊で味の薄いベジタリアン料理を作った。かつて私が、健康のため、週に数回は野菜だけにしようと提案した際、夫は、

「僕は絶対、肉か魚かの、どっちかが必要。野菜だけじゃ退屈!」

と言い張り、やはり健康のため、少々塩分を控えたときには、

「僕は濃い味が好き。インド人はスパイシーな味が好きなんだから」

と言っては、醤油をバシャバシャかけていたにも関わらず、義姉が作った薄味料理を口にして、

「う〜ん! おいしい! これだったら野菜だけでもいいな!」

と言ったときには、テーブルの下で拳が震えた。 

実際のところ、義姉の作る料理はスパイスを使用してはいるものの、マイルドであっさりしたインドの家庭料理で、とてもおいしいものだった。彼女の滞在中、一緒にキッチンに立ち、レシピを学んだ。

滞在期間中、義姉の夫も含め、5人で「ラスベガス&ユタ州国立公園の旅10日間」にも出かけた。一言で言えば、限りなく濃厚な旅だった。旅の途中、4人のインド人と歩いているとき、ふと、(私はなぜこの人たちと一緒にいるのだろう)という茫漠とした感情にとらわれた。

他人は私たちを家族とは思わず、私に向かって、「あなたのお友達は……」と、声をかける。確かに、一見したところ、5人は家族に見えないだろう。夫さえもが「見知らぬ遠い国の誰か」に見えてくるから不思議だ。

ところで、周囲からの情報によれば、一般にインド人は賑やかで声が大きく、自己主張が強いとのことだが、夫の家族は非常に温厚かつ穏やかで、決して声を荒げたりしない。私が最も、アグレッシブな存在といえよう。夫と口論するにも、最初のうちは小声だったが、数日後には地声、さらに数日を経ては、大声となり、座を凍らせたこともしばしばだ。しかし彼らは、私の鬼嫁ぶりにひるむことなく、ここを「我が家」と呼び、外出のあとには、「やっぱり我が家がほっとするねえ」とさえ言った。

彼らが帰る数日前の夕食時には、すでに次の予定(来年もまた来る、またみんなで旅行に行こう等々)が話題に上り、血の気が引く思いがした。何はともあれ、彼らは楽しい時間を過ごしたようだ。最後、空港へ向かう車を見送るときは、義父も義姉も、目が潤んでいた。私も、不覚にも、ホロリと来てしまった。何ということだ。

彼らが帰って数日後、人心地着いてから思った。確かに、義理の家族と一緒に「長い期間」を過ごすのは、大変だし、ストレスがたまるし、勘弁して欲しいし、もう二度と御免だ! と思う。とはいえ、小家族に属する夫の、彼らは数少ない「血縁」だ。父親や姉と過ごしている時の夫は、とてもリラックスしていて、幸せそうだった。結局、彼らと過ごして私が失ったのは、「自由な時間」くらいかもしれない。

今、私たちは、毎朝1時間、ヨガをやっている。増加の一途をたどっていた夫の体重は数キロ減り、持病だった私の腰痛は快方に向かっている。また、週に数回はインドの家庭料理が食卓に上るようになり、胃腸の調子もすこぶるいい。大きめのスパイスラックも購入した。

1カ月。過ぎてしまえば、あっと言う間だった。


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