遊牧民が暮らすゲルを訪問

 渓谷を離れたバスは、再び荒野に進路を戻した。同じような光景の中を延々と走り続けた挙げ句、バスは、荒野の中にポツネンとたたずむゲルのそばに止まった。ゲルの側には、ロープにつながれた3頭のウマ。彫像のようにじっとしたまま、微動だにしない。たてがみが風になびくばかり。

 ゲルの中には、お母さんとおばあちゃんと小さな子供がいた。ここはゴビ砂漠にやってきた観光客が、必ず訪れるゲルらしい。ツーリスト用ゲルと同じように両脇にベッドがあり、中央に暖炉とテーブルがある。棚には記念写真がたくさん飾られている。ベッドや壁を覆う布の色鮮やかな刺繍は、お母さんが施しているのだろうという。

 お母さんは、わたしたちに、馬乳酒とラクダのミルク、それに小麦粉でできたビスケットを出してくれた。そうして、おもむろにおっばいを出して、赤ちゃんにミルクを飲ませ始めた。

 大きなどんぶりのような木の器になみなみと注がれた馬乳酒は、酸味のきついさらさらの牛乳といった味。アルコールはあまりきつくない。決しておいしいものではない。ラクダのミルクは、どろっとしていて、カッテージチーズとヨーグルトと牛乳を混ぜたような味がする。どちらも舐める程度しか飲めなかった。

 ビスケットはまったく甘みのない、カンパンをもっと固くしたような食べ物。それらのもてなしをありがたくいただいたあと、わたしたちは外へ出た。

 

生まれて初めてラクダに乗る

 いつのまにか、お父さんらしき人が、どこからかラクダを連れて来ていた。確か、このゲルのまわりは何もなかったはずなのに、いったいどこから連れて来たのだろう。わたしたちは、その大きな大きなラクダに乗せてもらえるのだという。ラクダはとてもおとなしくて、小さな子供が飛びついたり、よじ昇ったりしていても、優しい目をゆっくりと瞬かせながら、じっとしている。

 わたしがラクダに乗る番が回ってきた。座っているラクダのコブとコブの間にまず腰掛ける。そして前のコブをしっかりと抱き締める。コブはフワフワで、とても気持ちがいい。ラクダはゆっくりと後ろ足から立つ。

 お母さんの手綱に導かれながら、ラクダはゆっくりゆっくり歩き始めた。乗り心地がとてもいい。ラクダの上からあたりを見回す。思ったよりも随分視線が高くなる。目に入ってくるのは相変わらず、見渡す限りの荒野。吹きすさぶ風もまた、心地よい。ラクダの歩みのテンポに合わせて、心臓の鼓動も、ゆったりゆったりと、刻まれていくような気がした。

 ツアーから戻っての夕食の席は、大いに盛り上がった。今日一日、他のアメリカ人ツアー客より楽しんだアスナは上機嫌だった。「わたしたちは人数が少なかったから、すぐにラクダに乗れたけど、みんなと一緒だったらずっと待たなきゃならなかった。そんなのうんざり。わたしはラッキーだったわ」と言って笑う。

 ロレンソの住むイタリアの話、アスナの家族や生活の話、モンゴルの話……。ゴビの夕日を窓越しに眺めながら、会話はいつまでも尽きることがなかった。


●馬乳酒(アイラグ)について

モンゴルの乳製品の中で、最もポピュラーな飲み物が馬乳酒。アルコール分2〜3%の軽いお酒だ。もてなしの席では必ずこれが供される。

どんぶりのような大きな器になみなみと注がれて出されるが、本来は底が隠れるくらいに少しだけ残して、一気に飲み干さねばならないという。途中でテーブルの上に置いたりするのは失礼なのだとか。飲めないときは注いでくれた人に返す。するとその器に更に注ぎ足して、ほかの人に配る。

酸味がきついがアルコール分が低いので、その気になればきっと飲み干せる。


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