●両親の愛情に育まれ、豊かで楽しかった幼少期

マリアムは、コルカタ出身でムスリムの父親アバスと、アイリッシュ系移民でクリスチャンの母親ゲイリングのもと、南インドの高原都市、バンガロールで生まれた。

マリアムから遡ること四世代。曽祖父母の代が、アイルランドから英国植民地下のインドへ移り住んだ。母ゲイリングはもちろん、祖母もまたインドで生まれ育った。ゲイリングの父親はタミール・ナドゥ州の、当時フランス領だったポンディチェリという町の出身で、英国籍を持っていたという。

母ゲイリングは、19歳のとき、夫となるアバスと出会う。アバスは当時37歳。18歳も歳が離れている上に、出身地が違えば宗教も異なる。インドでは、未だに異教徒間、異地方間の結婚には障害が多く、家族や親戚の反対が起こって不思議ではない状況だ。

ところが、母ゲイリングの両親は、たとえ相手がムスリムであれ、互いを尊重しあいながら結婚生活を営んで行けるはずだと、二人の結婚を認めた。一方、父親を早くに亡くしていた長男のアバスは、父親代わりとなって兄弟たちの面倒を見て来た。

兄弟たちが自立した果ての、ようやくの結婚である。母親をはじめ、誰も彼の結婚に異論を挟める人はいなかった。

二人は翌年、晴れて結婚することになったが、婚姻の直後、ゲイリングの姉が急死。まだ幼かった姉の娘を、二人は「ウェディングギフト」として引き取ることになった。

二人の間には、次々に三人の女の子が誕生。マリアムは四姉妹の末っ子として1975年に生まれた。

「姉たちは色白で女の子らしいのに、わたしだけは色黒で、髪の毛もチリチリとくせ毛で、まるで少年みたいだったんです」

とマリアム。

父ハバスは、競馬場のブックメーカー(馬券屋)という、多忙でストレスの高い仕事をしていたが、子供たちに接する時間を大切にしていた。道徳や倫理について、しばしば話をしてくれたという。

「父は海外渡航の経験も豊富で、広く世界に開かれた目を持っていました。紳士的で洗練された父のことが、わたしは大好きでした。父は、お祭りごとが好きでしたから、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教、それぞれの祝祭を、うちではやっていたんです。だからどんな家よりも楽しく賑やかでした」

子供たちには、異なる宗教を尊敬し合うこと、また他人に敬意を払うことを説き、しかし子供たちの意志を妨げるような過干渉はしなかった。

「それぞれの宗教の、父はいいところばかりを集めて教えてくれました。だからわたしたち姉妹は、環境の異なる人たちへの偏見を持つことなく、成長することができたのです」

この十年余り、「インドのシリコンヴァレー」と形容され、世界のIT企業の注目を集め、進展目覚ましいバンガロールだが、マリアムが子供時代のバンガロールは、現在とは趣の異なる、静かでおだやかな町だった。

かつてから高原の避暑地として人々に親しまれていたこの地は、英国人居住者や軍関係の家族も多かった。当時からコスモポリタンな気風のある町で、学校のクラスメイトたちも、インド各地からの出身者が多かったという。

休日は、家族揃って郊外の親戚宅を訪れ、ピクニックを楽しんだり、夏の休暇は父の仕事に伴って、家族揃って競馬場のある町へ出向き、楽しい日々を過ごした。ニルギリ高原のウッディで過ごす夏は格別だったという。

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