旅は北京から始まった

 9月12日(土曜日)午前7時20分。北京発、ウランバートル経由モスクワ行きの国際列車に、今ようやく乗りこんだところだ。これから約30時間の列車の旅が始まる。出発まであと20分。大荷物を抱えた人たちが、狭い通路をしきりに行き来している。

 わたしが乗っているのは硬臥車と呼ばれる普通寝台車(ちなみに日本でいうグリーン車は軟臥車と呼ばれる)。客室は、4人1部屋のコンパートメント(個室)だ。上下2段ずつ、ベッド兼椅子が向かい合って設置されている。中央には小さなテーブルが固定されていて、わたしは今、そのテーブルでペンを執っているところ。わたしの座席(寝台)は下段なので、窓の外の風景がよく見える。トイレにも行きやすい。

 それにしても、日本から寝袋を持ってきておいてよかった。備え付けの枕と毛布、敷き布団の汚さといったら。もう何年も洗濯していません、干していませんという感じだ。だけど、座席の座り心地は思ったよりも快適。寝心地もよさそうだ。 

 今朝は5時45分に起きた。6時過ぎにホテルをチェックアウト。外は小雨模様だったけれど、タクシーを使っていくほどの距離でもなかったので、北京火車站(鉄道駅)までの道のりを15分ほど歩く。

 駅の周辺は、出発客や到着客で往来が激しい。「旅館」と記された古びた看板が、あちらこちらに見える。至るところで白い湯気を上げているのは、包子(肉饅)や湯(スープ)を出す、早餐(朝食)の店。まだ明けやらぬ路地に、練炭と食べ物の匂いばかりが立ち込める。背中のバックパックが肩に重い。体を前に屈めるようにして歩く。 

 ほどなくして北京火車站に到着。中国では、大きな駅で長距離列車に乗る場合、通常、列車ごとに待合室が決められており、出発の準備ができるまでそこで待たなければならない。わたしが乗ろうとしているモスクワ行き国際列車の待合室は、意外にもたやすく見つかった。待合室の前は、すでに長蛇の列ができている。チケットや荷物のチェックを受けるために並んでいるのだ。

 どの人も夜逃げかと見まごうばかりの大荷物を携えている。布団袋のような大きな袋が、そこらじゅうにゴロゴロと転がっている。駅の中は薄暗く、がらんとしていて、なんだか心細い。集団疎開にでも出かけるような気分だ。

 大荷物の人たちに紛れて並んでいると、一組の若い夫婦が声をかけてきた。モンゴル人だ。茶色いパスポートでわかった。当然言葉は通じないが、彼らがなぜわたしに声をかけてきたのかは、すぐにわかった。荷物が多すぎる彼らは、無事にすべてを通関させるため、荷物が少ない私に、一時的に一部の荷物を預かって欲しいのだ。

 わからないふりをしていると、チケットを取り出し「荷物は1人35kgまで」と記された部分を示しながら、「頼むよ」というふうに、ジェスチャーする。仕方なく、スーツケースひとつ分ほどの荷物を預かった。

 わたしの前に並んでいるお兄さん達も、荷物の軽減に四苦八苦している。ビンに入ったジャムや缶詰など重そうなものを、洋服のありとあらゆるポケットに無理やり詰め込んでいる。パンパンで破れそうだ。 

 チケットとパスポートのチェックを受けたあと、大きなはかりが並んでいるところへ。わたしの荷物は、彼らの荷物と合わせると40kgにもなってしまった。わたしが「ほらー、どうするのよ」という表情で彼らを見たら、慌ててポケットからお金を出し、係員に渡している。どうやら超過料金を払えば問題ないらしい。あるいは、袖の下、だったのか。それにしても、みんなあれだけの大荷物を、よくも持ち運ぶものだと感心する。荷物の検査を終え、待合室でしばし待機したのち、列車に乗り込んだ。


●国際列車の切符

 

切符は3枚綴りになっている。日本の旅行代理店を通して予約・支払いをし、北京で予約券と引き替えた。実物は横幅が15センチくらい。日本では一等の軟臥車を予約していたはずが、北京で引き替えたときには二等の硬臥車になっていた。


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